朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2026.09.05

[青嵐俳談]神野紗希選

 感じる私と俯瞰する私。二つの私が俳句にはいる。〈朴落葉踏みつつ朴へ仰ぎ寄る〉は、この夏刊行の村上鞆彦の第二句集「踏花」から。「踏む」「仰ぎ寄る」の動詞の選択が朴の特徴を浮き彫りにした。大きな落葉を踏みつつ丈高い木に歩み寄る「感じる私」を、外部から「俯瞰する私」がいるから、全体が見える。

 【天】

文末にアイスの絵文字二学期来松山 板尾奈々美

 「夏休み楽しかったね」「学校始まっちゃう」など、夏の思い出を懐かしむメッセージの文末だろう。他愛のない青春の日常を、絵文字に着目していきいきと描いた。同時作〈お祈りのかわり桃からくずすパフェ〉も、パフェを崩す心の緊張が「お祈り」ににじむ。

 【地】

焼夷弾粘るはちすの実の夜は岡山 岩橋のり輔

みーんみんぼーんりぼーんできたらな大阪   未来羽

 のり輔さん、焼夷弾を「粘る」ととらえ、侵攻の執拗さを示唆した。蓮の実が飛ぶのも砲弾のよう。未来羽さん、「ぼーん」は誕生、「りぼーん」は再生。蝉も成虫としての生はとても短い。「りぼーん」できないのが命。ミンミンゼミの声に音を合わせ、平仮名で意味を剥がして、生とは/死とは何かを問いかける。

 【人】

踊り終へれば彼の人に似てをらず米国   爪太郎

夏風邪や潮風に錆びゆくやうに東温   堀雄貴

 爪太郎さん、踊るその人に、ある人の面影を見ていたのだが、踊り終わるとその気配は遠のいてしまった。熱に浮かされた「踊り」の幻想性が、きょとんと暴かれる。雄貴さん、風邪でも閉ざされず自然へとひらける感覚が、夏だ。ゆったりと体感に訴える比喩。

 【入選】

どの雲も底の揃ひぬ原爆忌千葉 平良嘉列乙

みずからの乳首は噛めず桜桃忌愛媛大  野上翠葉

暑き日のタピオカ自由意志はどこ東京経済大 加藤菜々実

百合の花束抱いて世界は壊れる橋静岡  東田早宵

嘶きは星の生まれる兆し夏大阪   国領柩

錆拭ふ鋏の要終戦日埼玉  伊藤映雪

祖父の声…ラジオ…八月十五日大洲  坂本梨帆

終戦日並べて余るパイプ椅子神奈川 河埜スミヰ

ふつくらと台湾カステラの初秋松山   広瀬康

キスにキス返す睫毛に雪まばら愛媛大  七瀬悠火

秋思に震へオルガンの管三千三重 多々良海月

敗北の股に張りつく水着かな京都大院   武田歩

風鈴に給料袋吊るしけり秋田  吉行直人

アドルフに告ぐ雲の峰うすっぺら八幡浜  福田春乃

たとへばの例にぶだうを出す理系大阪   ゲンジ

雲の峰三津浜焼きで終える旅大分大院  鶴田侑己

葬送と思ふ帰京の窓の荻慶応大   ぞんぬ

美人画に描かれぬ炎アカンサス伊予    智隆

合歓の花涙を舐めてくれた猫は埼玉  東沖和季

宇宙服ひとり夜長に巻くリューズ神奈川   大地緑

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

首塚の祠をのぼる蛙かな松山東高  中津陽希

 首塚の死の静かな渇きが、蛙の濡れた命を際立たせる。「のぼる」でいいか。他の動詞や祠の描写など、この三音でさらに首塚と蛙の関係性を結べそう。

最新の青嵐俳談