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青嵐俳談

公開日:2024.07.19

[青嵐俳談]神野紗希選

 比喩はポピュラーなレトリックだ。独自の感覚でなぞらえることで、よく見知ったものたちも、その本質が引き出されたり、新たな光を帯び始めたりする。既存の理屈で説明しきれないがゆえに比喩を使うのだから、読む側も「なんとなく分かる!」で良いのだ。

 【天】

熱風や少女凭るる竜血樹長野   藤雪陽

 竜血樹の名は、赤い樹液を竜の血に見立てたから。少女の眼前には、熱風が吹きすさぶ光景が荒々しく広がっている。幻の竜の気配をまとい、少女の眼の光も強く輝く。風景全体が心象となり熱を帯びる一句。

 【地】

イグアナの餌と聞けば撮るキャベツかな神奈川   岡一夏

噴水は雨に濡れない墓である専修大  野村直輝

 一夏さん、「撮る」に驚き、現代的感覚だと頷く。イグアナの食べるキャベツという素材も珍しく面白い。直輝さん、噴水を墓と見た比喩の力。噴水は水だからそもそも「雨に」濡れるわけではない。雨と交わらず噴く水に、誰かの死にこみ上げる切実が重なる。

 【人】

黴の香や神は祈りを疑はず大阪   ゲンジ

観覧車とは夕焼の断面図同   葉村直

 ゲンジさん、神の側は我々の祈りを純真に信じているのだとしたら。神を疑わざるを得ない人間の艱難辛苦が、黴の気配に濃く滲む。直さん、観覧車を独自に定義した。断面図のもつ平らであらわな感覚に納得。

 【入選】

白玉が作者の気持ちだとしたら松山   広瀬康

これいじやう螢を追つて生きられない愛媛大  岡田快維

バナナ剥く手首に薄く産毛かな京都大   武田歩

飛び込みて背骨を洗う波の音愛媛大    羅点

デモ隊が消えてハンカチ落ちてをり東京    渡心

噴水や君の心音を知らない松山  近藤幽慶

白玉やさみしさの質感を述べよ八幡浜    春乃

天使老いアイスコーヒー色の羽根大阪 高遠みかみ

金星の座標正しく網戸かな熊本 夏風かをる

いい人をやめて萍になりたい新潟  酒井春棋

巴里祭のストッキングを吊る夜風大阪  平原陽子

休日の庁舎向かいの茅の輪かな立命館大   乾岳人

クリーニング終わりの喪服青簾愛媛大    悠生

わりきれない数やゼリーは揺れても黄愛知 樹海ソース

夏蝶やフリーランスになる覚悟同 紅紫あやめ

梅雨時の八幡浜ちゃんぽんと恋大分大院  鶴田侑己

似し色の刺身の並ぶ夏の果東京  加藤右馬

ビルのごと辞書並べたる六月よ京都大  水野不葎

吾の肩に友寝る電車夏の夜東京 阿部八富利

地球儀のうらがわは雨真っ裸神奈川 にゃじろう

 【嵐を呼ぶ一句】

ケルベロスぶつかり合つてメロン食ふ大阪   未来羽

 ギリシャ神話に登場するケルベロスは、三つの頭と蛇の尾をもつ、冥府の入口の番犬だ。その餌がメロンだという豪奢も、頭同士をぶつけながらむさぼる獰猛も、想像の力で神話の存在にリアリティを与えた。

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