朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2024.04.12

[青嵐俳談]神野紗希選

 詩集「朝、空が見えます」(ナナロク社)は、歌人の東直子が2017年の1年間、Twitter(現在はX)に毎朝その日の朝の空の様子を綴った、365日分の言葉を集めた一冊だ。「こっくりと白い空です。」「洗いざらしのデニムのような明るい空です。」「30年前と同じようによく晴れています。」は4月のページから。定点観測は言葉の感度・精度を磨く。

 【天】

大試験前夜さくらの消臭剤岡山    ギル

 大胆な取り合わせだ。現実的な風景としては、明日の試験に着てゆく服に消臭剤をかけているのか。人工的な桜の香が本来の臭いを隠すとき、試験で測れる私もまた素の私ではないのだと、ふと気づくのである。

 【地】

風船の中をとうとう見ず縛る京都大   武田歩

自販機の裏側暗し遠蛙洛南高   久磨瑠

 歩さん、風船の中を見たいという特異な欲望を共有することで、読者もまた、その望みは縛れば永遠に叶わなくなるという切なさまで運ばれる。久磨瑠さん、自販機の裏側の暗さは、文明に隣り合う真の闇だ。その闇の気配が、本物の遠蛙への回路を繋いでくれる。

 【人】

曖昧なシティポップやほたる烏賊東温  高尾里甫

人間を畳む神さま桜東風長野   藤雪陽

 里甫さん、取り合わせが楽しい。シティポップの明滅する軽さは、たしかに蛍烏賊かも。雪陽さん、桜東風吹く再生の春、神さまも世界をやり直したいと思っているか。「畳む」の語がイメージを広げた。

 【入選】

春の闇まるで畜牛の角膜和歌山  よしぴこ

天国ならバスでいきたい春の雲神奈川 にゃじろう

たぶんすごいダブルダッチや春の鳩神奈川   岡一夏

化石には化石のにほひ朧月大阪   ゲンジ

卒業の写真を分けて投函す立命館大   乾岳人

春塵や糸撚るやうに逐語訳東京工業大  長田志貫

水温むつま先立ちのような恋松山  近藤幽慶

ポップコーン爆ぜてあかるし啄木忌茨城   眩む凡

申し分程度の雪やハムエッグ秋田  吉行直人

鞦韆の為めの樹のありキングの忌神奈川 沼野大統領

卒業の朝の首から剥ぐ湿布静岡  東田早宵

入学式みんなチワワの顔をして日本航空高  光峯霏々

春雨や傘の柄に吊るレジ袋松山   広瀬康

水・肉・薊やさしいきみをつくるもの東京   ツナ好

句点使へよ怒つてないよ石鹸玉新潟  酒井春棋

若さとは呪縛喇叭水仙摘むノートルダム清心女子大学 羽藤れいな

ミニチュアの町に入学式のあり名古屋大   磐田小

スケッチの輪郭乱れ鳥曇松山   川又夕

魂は丸く糠星桜咲く西予    えな

啓蟄や礫層さらす土塁かな愛光高  飯本真矢

 【嵐を呼ぶ一句】

四月馬鹿ただスライムを切る動画甲府南高  斉藤巻繊

 巷には「ただスライムを切る」ような無為の動画が溢れている。四月馬鹿は年に一度だが、今の時代は毎日が四月馬鹿のようなものなのかも。不定型のスライムが、捉えどころのない現代の感触を体現する。

最新の青嵐俳談