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青嵐俳談

公開日:2025.07.25

[青嵐俳談]森川大和選

 炎天下の第2試合。ビハインドは3点。9回の裏。昨年の初戦サヨナラ負けから耐えた長い一年がよぎる。この日、応援席の3年生諸君がグラウンドのナイン、そしてベンチの一人ひとりへ、最も勇気を届けられると判断した一曲。応援団長の号令は、ブラスバンドへ繰り返し、巻き返し告ぐ「サウスポー」。

 【天】

河底にオルガンの伏す夕立かな和歌山    朋記

 実景というよりも、過去を引き受けて生きる「私」そのもののような一句。河面を打つ「夕立」は、現在の「私」へ押し寄せる外界の刺激。現代は五感を酷使する。「オルガン」は過去の「記憶」。水底にいつまでも鳴り、夕立と協和したり、不協和したりする。水中には立つそれも、仰ぐそれもあろう。いや、万類の楽器が河底に点々と沈み、奏でているのが人生だ。

 【地】

花合歓の空気を透かす山は然大洲  坂本梨帆

 濃い桃色の綿毛のような花を付ける合歓(ねむ)の艶やかさ。白南風に満開となる。元々は熱帯の高木で山々の万緑の葉先を灯す。句は「山は然」の貫禄が光る。「然」はありのまま、しかるべき状態の意。山がその山らしく、合歓の風を渡し、泰然自若として在る。

 【人】

忘却は亡びのダリアとして燃える今治    脇々

 段々と「忘却」する哀切を、気品高きダリア一本、また一本が燃える凄絶な光景として把握した。大きな悲嘆からの回復には日薬が必要であるが、それは燃えながら回復するのだと教えられる。または認知症の方への敬意とも読んだ。生の尊厳を称える「ダリア」。

 【入選】

青蚊帳の囲む四の字固めかな松山  石川穴空

天牛の爪まで満つる斑かな同  一色大輔

うつすらと重し短夜の聴診器米国   爪太郎

緑陰の揺れそこを往く象の揺れ東温  高尾里甫

夕立のバス停で百年眠ろう大阪   未来羽

駅前のタイルや雨が打つ蚯蚓埼玉  東沖和季

花札の月の巨しや虫時雨茨城   眩む凡

青空が青じゃないときの紫陽花長野   里山子

虹消えてクレーの天使とは不眠松山  近藤幽慶

ぼうふらのくにぼうふらの選挙かな 神奈川 高田祥聖白き蛾のぶつかる守衛室の窓大阪    電柱

万華鏡がらりと回す熱帯夜京都大  水野不葎

ジオードは光の蛹夏休三重 多々良海月

夏の星の寝息ひそやか防波堤静岡  東田早宵

マドラーはガラス跣はギリシャ型千葉  弥栄弐庫

和太鼓を心臓として踊の輪東京  桜鯛みわ

夏シャツは大の字のはじまりとして神奈川    ギル

 【嵐を呼ぶ一句】

哲学や蚊は酩酊の耳元へ東京  長田志貫

 「哲学や」の畏まり方にユーモアがある。酔った耳元に遠近自在の飛翔音を聞かせるあたり、説法とも、哲学とも取れる。遂に血を吸われる俗性にも俳味。

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