公開日:2026.07.03
[青嵐俳談]森川大和選
夏ぞ来たれば、赤い鼻緒の桐の下駄。兄の駆ければかんかんらんら。弟跳ねてかろんくん。梅雨のさなかをよく乾かして、どこに行くにも打ち鳴らす。
【天】
肢ひとつ捜して鴎外忌のピアノ岡山 岩橋のり輔
グランドピアノの脚は3本。どれも不可欠。実際には、脚は皆あるはずなのに、その身の内は空虚の感にもだえ、満たされぬ「肢」に渇く。まるで自我を持つかのごとく。ピアノには、代々の弾き手の思いが憑くのかもしれない。自我の葛藤は、作家森鴎外の20代ごろまでのテーマ。彼の忌日に、ピアノがうずく。
【地】
老犬の遺す山彦雪しんしん大阪 国領柩
出棺のあなたのほかは日焼して兵庫 石村まい
中七が秀逸。死後も時々返ってくる山彦が、亡き老犬の悔恨を蘇らせる。背をなでて、雪が、雪が慰める。童話の詩情。後者、参列者が皆日焼けする若さ。青少年スポーツの仲間か。闘病の間も皆に囲まれていたのだろう。今日もどこかその延長に見えてくる。深い悲嘆がやってくる前の、現実を拒む浮遊感。
【人】
丸かじりバームクーヘン台風来長野 沢胡桃
六月の水槽として喫茶店東京 桜鯛みわ
被害の出ない台風だろう。菓子の年輪と気象予報図の同心円の取り合わせが面白い。後者も「水槽」の把握が新しい。秋なら「釦(ボタン)箱」だと思う。
【入選】
問いの七易しかったと言えぬ夏松山 一色大輔
陶枕の青き波頭に眠るなり三重 多々良海月
立札に低き噛み跡朝曇大阪 葉村直
餌やりを断はつてゐる池涼し福岡 宇鷹田
窓越しに枇杷の実たわわ雨が来る兵庫 西村柚紀
いつか浮く肋の中を夏の肺専修大 野村直輝
心身の境目ひかる海月かな松山 川又夕
国連の銃のオブジェや雲の峰千葉 平良嘉列乙
吾を小突く独立記念日の掃除機米国 爪太郎
リラ冷えやドローンがまた西へ行く新潟 酒井春棋
滴りや眠れる百のワイン樽松山 小林浮草
憲法記念日や肉へ荒々しく胡椒埼玉 伊藤映雪
青葉風婚姻届を抱き帰り松山 森美菜子
結婚す夏空を読み解くひとと兵庫 杉浦萌芽
新樹光手話の指より鳥放つ東京 灰島りんこ
花の日や恩師のくるぶしにタトゥー東京女子大 光峯霏々
冷房の底やポスドク十年目京都 ジン・ケンジ
指導案夕立に気付かぬうちに立命館大 乾岳人
【嵐を呼ぶ一句】
夕立を走るから苦しいって言って静岡 東田早宵
すももいつも壊れたがってみえたの松山 板尾奈々美
口語が合う2句。実際は「走る」ことも、「言って」と迫ることもできないのかも。思いを言えぬ相手と同じ葛藤。後者は「すもも」を「壊」した理由をあどけなく答える。その隠喩とは。無邪気の中の狂気。




