公開日:2026.06.19
[青嵐俳談]森川大和選
学校は声が響く。放課後の教室は、ものの面が剥き出しになる。椅子や机を覆う生徒の凹凸がなく、声がそのまま届く。グラウンドの声は、校舎の側面を打ちながら、コの字型の最奥で空へ抜ける。梅雨の声はくぐもって、記憶の水の中のごとく。七月が来れば、開けた窓の隙間から一声一歌、一射一球がさんざめく。
【天】
蛍とぶ歴史の韻として吾も八幡浜 福田春乃
人生の紆余曲折、その渦中にあってはこの感覚は得まい。炎天の熱が解けた「夕涼」の境地。明滅の灯を儚く射る蛍。可憐に呼吸する蛍。自己の輪郭を開け放ち、ほうたると同化するとき、宇宙の歴史の時空の広がりは、一命一命の韻を皆抱き留めてくれる。同時作〈人生を選ぶ涼しさ陶器市〉の喜びを深く尊びたい。
【地】
ほうたると共にスイッチバックかな大分大院 鶴田侑己
「スイッチバック」は急勾配を上るためのジグザグの鉄路や道路。身を託せる列車の読みも、車内の暗い自動車の読みも素敵。車窓の幻想。窓が開くなら、少しだけ開けたい。揺れる身も、ほうたると共に。
【人】
六周目のみ蛇居つる遊歩道松山 一色大輔
「六」が面白い。七周目以降を示唆し、アラビア数字はとぐろを巻く。蛇の居なかった五回の過去と、居た一回と、七回目以降の再び居なかった過去と今が、行き来交錯する。道も巡り、時も巡り、まるで蛇。
【入選】
断頭台のような夕立手を取って静岡 東田早宵
ヘラジカの角の温みや夏至白夜神奈川 河埜スミヰ
雲の峰功夫体操紐育米国 爪太郎
フランス革命アイスコーヒーにて中断東京 樹海ソース
電卓の0のすり減る涼しさよ大阪 葉村直
子に持たせコロポックルとしたき蕗長野 沢胡桃
噴水の飛沫の掛かるまで寄つて京都大院 武田歩
ソフトクリーム五指を伝ひぬ草千里松山 小林浮草
夏の川石という石裏返す京都 ジン・ケンジ
義実家は道路にかはる麦の秋香川 長船絵里子
人生は熟字訓らしハンモック大洲 坂本梨帆
スーツ屋の奥ほど黒く青時雨東京女子大 光峯霏々
リビドーをブルーノートにトマト切る岡山 岩橋のり輔
引きちぎるように夏野を走り抜く松山 板尾奈々美
ハミングで終わる絶縁して立夏大阪 未来羽
ネモフィラの岬をブルーモーメント同 国領柩
夏痩せやナフサ由来物の数多同 詠頃
【嵐を呼ぶ一句】
停戦の言葉木の芽のアナグラム神奈川 大地緑
願いの一句。「停戦」は終戦や講和ではないが、それに向けた秩序の回復が見通せる休戦となれば、確かに「木の芽」に象徴される春の訪れも感じさせる。それを単語の文字を入れ替えて別の言葉を作る「アナグラム」に託した。「木の芽」が連想させる「子の眼」。




