公開日:2026.06.12
[青嵐俳談]神野紗希選
宮沢賢治の童話「よだかの星」では、よだかが「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓うえて死のう」と、他者を食べて生きねばならない命の摂理に苦しむ。食べものを詠む際にそうした暴力性が昏(くら)く疼(うず)くとき、その俳句は生の本質にずしりと触れていると感じる。
【天】
ホルモンの脂はいゝろ夏の霧東京 長田志貫
「灰」は燃やされた残骸。灰色であることの命の遠さを、霧がさらに覆う。ホルモン(腸)まで食べ尽くす貪欲を、自覚的に受け止め、感覚に昇華した。
【地】
豚バラを煮詰めるコーラ敗戦忌大阪 辰巳電柱
黴吸うて国会といふ肺昏し埼玉 伊藤映雪
電柱さん、肉を柔らかくするレシピ。戦後に定着したコーラもアメリカのもの、敗戦忌の配合にアイロニーが疼く。映雪さん、肺が正しく機能しないと生命は維持できない。黴の昏さが時局を鋭く批評する。
【人】
冷房と言い争いとピカソの絵今治 相原ゆつこ
卓球のラリー永遠薄暑光今治 京の彩
ゆつこさん、冷房の部屋での言い争いの分かり合えなさが、ピカソの絵の抽象に吸われてゆく。京の彩さん、ラリーはもちろん終わるが、あえて「永遠」と言うことで、薄暑光の眩しさを深く刻んだ。
【入選】
四方に窓八方に樹や夏館神奈川 岡一夏
みんなにこにこ幽霊たちの生後葬秋田 吉行直人
女子会やマッシュポテトに夏兆す八幡浜 福田春乃
竹林に口ずさむ和歌ソーダ水兵庫 山城道霞
朱をひきし白蛾の来たる御神木三重 多々良海月
日焼止め伸ばして己とはこんな松山 広瀬康
薄暑なり惑星めける科学館東京 樹海ソース
碧羅に無力いつか蛞蝓に生まれた静岡 東田早宵
線香花火カリンバはぢくための爪福岡 宇鷹田
黙読のやうに眺めて夏の川大阪 葉村直
豆ご飯うふふ一粒万倍日新潟 酒井春棋
玉葱の二枚目ペルソナの濁る岡山 岩橋のり輔
虚か夢か叙事詩読みたる夏蒲団松山 一色大輔
茉莉花やキッチンカーに削ぐケバブ北海道 柏木七歩
インビトロ僕と青時雨と細胞東京女子大 光峯霏々
生き抜いてまだ生き抜けよ山笑う伊予 あすいろ
しゅわりサイダーぼくの日記は休載中長野 里山子
メロン抱えて地下鉄には慣れたよ松山 板尾奈々美
よたかよたかことばのそとをないている大阪 国領柩
冷やし中華すする誰もが加害者に愛知 唐沢うに
優しさの糧とならむと戦ぐ麦岡山 真井とうか
【もう一歩 青葉のスゝメ】
夏を待つ水に飛び込みペンギンか今治 坂田季実子
「か」などの疑問形は、言い表す対象の存在感を薄めてしまう。たとえば〈夏を待つ水に飛び込みペンギンは〉、または「ぞ」「よ」など、断定したほうがペンギンの勢いが出る。〈夏を待つ水にペンギン飛び込みぬ〉と語順を入れ替えて整えるのも一手。




