公開日:2026.05.08
[青嵐俳談]森川大和選
高縄山頂の靄(もや)が雨後の厚い雲と和し、混然としている。それが大風に裂けて、大小の日矢をこぼす。溜まった雨粒を吹雪かせる葉桜のなびき様も早起きの得。書斎の窓に山。そんな家に引っ越してきた。
【天】
手話筆話神話山岳蝌蚪生る福岡 宇鷹田
体言を重ねた後の「山岳」の切れが重厚。霊峰か。その姿も浮かぶ。芽吹き、膨らむ山へ、仲間内で登山をした場面か。話題は神話のある局面へ。手話で伝わらないときに、筆話も織り交ぜながら、自然と熱を帯びる。体は山と、意は友と語らう悦び。群れて泳ぎ、連れ立って走る「蝌蚪」も、人間と何が違おうか。
【地】
ひだまりへすいへいりーべといふ蛸埼玉 互井宇宙論
あえて平仮名で表記した中七までは、まるで午後の授業で夢現相半ばする高校生の意識。夏の季語である「蛸」が意表を突いて面白かった。教師の顔がそう見えてきたのか。夢の中の海へ、己が解放されたのか。
【人】
とこしへに反る始祖鳥や水温む神奈川 河埜スミヰ
全長は約50センチ、体重1キロ程度。始祖鳥の全身化石はよく首が反り返っている。最期の時を迎える際に天を仰ぎ見たか。光を失う眼の哀れ。一方、季語は光り立つ。透明感とともに、ありし日の体温を想起させる。
【入選】
ヒヤシンスって夜泣きみたいだったかも松山 板尾奈々美
吻の先よりさより果てゐたり米国 爪太郎
ホチキスの先端に窓夏始三重 多々良海月
厨房は花芯のやうに水の春茨城 眩む凡
湯に蒸らす珈琲豆や花疲兵庫 石村まい
毛のなかの猫の睫毛や巴旦杏岡山 岩橋のり輔
山笑うけど考古展示室どこ大洲 坂本梨帆
震災遺構たふれたる樹を蝌蚪まはる愛媛大 野上翠葉
ピンチほど監督笑ふ立夏かな松山 一色大輔
もう消されさうな板書や風光る大阪 ゲンジ
つぎつぎに報はれてゆく石鹸玉同 葉村直
ベビーインソール春の色から履きたがる長野 沢胡桃
苺摘みその手の赤さ知りにけり静岡 海沢ひかり
春日向アイロンかけらるるやうに松山 近藤幽慶
卒業やパイプに吾らの顔ぐにょん熊本 夏風かをる
ででむしや溶いた絵の具のやうな島兵庫 染井つぐみ
春眠の船や三時の図書室は東京 桜鯛みわ
春眠の底でクジラとすれ違う京都 ジン・ケンジ
県道の直方体の躑躅咲く千葉 平良嘉列乙
海市見る祖母のパーマの螺旋かな松山 小林浮草
朝星や元ボーカルと若布刈舟兵庫 山城道霞
春風邪の後の積木のやうな日々静岡 酒井拓夢
【嵐を呼ぶ一句】
春の日のバリウムまはす十五階兵庫 杉浦萌芽
「十五階」に驚く。都市部の総合病院といえど、その階数はほとんどあるまい。ならば、胃検診を終えて帰ったマンションの自宅か。何となく気怠くて、ゆっくり過ごす午後。春の日の透ける大窓が心地よい。




