公開日:2026.04.03
[青嵐俳談]神野紗希選
言葉にしたら途端に陳腐になる感情を、言葉にしないことで感覚ごとそのまま手渡せるのが、俳句の力。解説で言い尽くせない余白にこそ、思いを馳せて。
【天】
鯨瞰図に沃野を探す春愁専修大 野村直輝
鯨瞰図とは、鯨が見下ろす視点で海底地形を描いた図。光に満ちた春、愁いを抱く心は鯨の眼となって、海底の深さ、沃野の広さを欲る。心象をイメージに託した。同時作〈バスボムは春雨がみた夢の色〉の虚と実のあわいのきょとんとした気分も印象深い。
【地】
放流のごと青芝へ置く乳児長野 沢胡桃
梅うつす鏡面を母みがきをり西予 葵亭
沢胡桃さん、乳児を自由にさせる心を放流にたとえた。自立への兆しを眩しむ。葵亭さん、母の磨く鏡は梅を映す鏡だ、と捉えた視点が陰影を生んだ。同時作〈臥す母に剥きし林檎の蜜のいろ〉の蜜への焦点の絞り方も同様。視点の凝縮に現実の手触りが艶めく。
【人】
桃咲くやぱらいそ近き甲斐の空松山 小林浮草
駆け引きは苦手Tallの桜ラテ新潟 酒井春棋
浮草さん、桃の花咲く甲斐の風景は天国の明るさ。春棋さん、「にがて」「らて」の脚韻が楽しい。駆け引きから降り、のんびり春を楽しみたい心に賛同。
【入選】
進級や肉きらめけるボロネーゼ兵庫 石村まい
ヨーグルト借景に八重桜の日松野 川嶋ぱんだ
ポリゴンの花降る鹿は鉈を銜え和歌山 日塔朋記
羽音なき羽ばたきを聴くソーダ水愛知 唐沢うに
白魚は脳を一縷の穢れとす名古屋高 冨田輝
次々と花の死を告げて強い国静岡 東田早宵
冴返りながら錨を引き上げよ大阪 未来羽
たましひが疲れた朧夜の脱衣同 ゲンジ
真っ青な海のゆらめき東北忌同 辰巳電柱
平凡を愛す春夜のスクイージー兵庫 杉浦萌芽
まず君に生きてほしくて雪柳八幡浜 福田春乃
コート脱ぎつつ前説へ拍手かな秋田 吉行直人
打上げのドラマツルギーぽい目刺松山 広瀬康
千年の春の霙となりにけり愛媛大 柊木快維
閉ぢやすいかばんを多喜二忌とおもふ同 野上翠葉
春の雪この物語はフィクションです。大阪 国領柩
雪の果ポタージュにまつげのおちる同 高遠みかみ
桃色の光風まとうシアーシャツ今治 京の彩
石鹸玉ちゃんとしてるという個性松山 一色大輔
酒瓶を掲げ花守招きけり同 川又夕
虎杖のどこからがはつ恋でしたか東温 堀雄貴
この春野データセンターまたは墓地神奈川 大地緑
【嵐を呼ぶ一句】
チューリップ閉ぢた校舎は誤爆だつた千葉 平良嘉列乙
アメリカによる攻撃でイラン南部の小学校が誤爆され、女児ら170人以上が命を落とした。童心の朗らかさを備えたチューリップが「咲いた」ではなく「閉じた」意味。不可逆の悲しみ、箍が外れた世界への憤り。今を受け止めた心ごと記し共有することで、これからをどう生きるかという問いが、各人の裡に湧く。




