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青嵐俳談

公開日:2026.04.17

[青嵐俳談]神野紗希選

 今年も玄関の木香薔薇が満開に。季節が終われば大量に剪定するのに、春になればちゃんともりもり黄花を咲かせ、青空を賑やかす。命のしぶとさが眩しい。

 【天】

ヒトはもうあまり走らず桜貝米国   爪太郎

 文明化するにつれ、敵に追われることも獲物を追うことも必要なくなった現代の人類にとっては、走ることも娯楽程度となった。浜辺をのんびり歩く速度は、緩やかに終焉に向かう人類の進化のスピードのよう、とも。それでも、桜貝に屈む心に人間の善性が光る。

 【地】

息苦しいの世界のまばたきが焼野静岡  東田早宵

でも青き踏む戦時下のエトワール松山   広瀬康

 早宵さん、混沌の時代を生きる感覚を、焼野の火に燻されてゆく息苦しさとして表出した。まばたきのたび火は形を変え、地獄は揺らめく。康さん、エトワールはフランス語で星の意。夜の野に草を踏み、輝く星を仰ぐ。「でも」の転換に、失せない希望が光る。

 【人】

真つ直ぐな脊椎はなく春の川神奈川 河埜スミヰ

マーカーはネモフィラのいろ新社員東温   堀雄貴

 スミヰさん、湾曲するからこその脊椎。取り合わせると、曲がりながら流れゆく春の川も脊椎のよう。川こそ、この世界の背骨、か。雄貴さん、淡い空色のマーカーに、新社員の繊細な心が透ける。新しい季語として、ネモフィラの抒情をゆたかに引き出した。

 【入選】

小町忌の笛といふ笛穴だらけ兵庫  石村まい

語られぬ非戦も在りて花ミモザ八幡浜  福田春乃

雪柳搔き分けホームランボール兵庫 染井つぐみ

買ひたての教科書嗅ぐや初桜松山  小林浮草

立春大吉斧は樹液に濡れにけり京都大学院   武田歩

流氷のばらばら過去を組み立てる愛媛大  野上翠葉

俗説にうなずくことも桜餅東京  長田志貫

食ふ側の頂点にゐて咳ひとつ愛知  唐沢うに

確率論はつなつのだれかは不死身岐阜  島田砂光

生活にしない選択豆の花松山 板尾奈々美

旧札を菜の花のパスタに変えて兵庫  西村柚紀

はこべらや立ち読みの歳時記重し香川 長船絵里子

宝玉の尾のある獣春の雪松山   川又夕

貝寄風をあなや母から落ちてしまった和歌山  日塔朋記

蝌蚪の尾のゆらり超新星爆発北海道  柏木七歩

新社員GODIVAの缶の貯金箱兵庫    翔龍

ライトより向かふマウンド風光る松山  一色大輔

失恋や磯巾着の展開図長野  野村斉藤

大地震の街に月白ありにけり東京大   渡邊真

ムスカリが神は死んだと囁けり東京   たっか

レタス食う故郷のではないレタス愛媛大    子耕

 【嵐を呼ぶ一句】

光る風がこれ以上頑張れと言う大阪   未来羽

 「風光る」は美しい季語だが、その朗らかさに心がついてゆかないことも。曇りのない眩しさが、もっと頑張れと言っているようで辛いのだ。「これ以上頑張れない」のに「頑張れと言う」をギュッと圧縮した言葉のたどたどしさにも、切羽詰まった感が出る。

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