公開日:2026.03.20
[青嵐俳談]神野紗希選
季語は強固なイメージをもつ詩語なので、揺さぶりをかけることで新たな世界がひらける。季節をずらした冬の扇風機、無化された春愁、切り分けたクリームソーダ……いずれも季語体系への挑戦が頼もしい。
【天】
天使みな盲ひて冬の扇風機愛媛大 柊木快維
視覚を失った天使は別の仕方で世界を感知するか。使われぬ冬の扇風機の静けさ。その翼が天使へ接続し扇風機にも聖性が宿る。同時作〈いつまでもねむれる百合の瞼なら〉に溶けるエロスとタナトスも甘美。
【地】
春愁が乳酸になるスクワット三重 多々良海月
クリームとソーダの境風光る済美平成 川口心実
海月さん、筋トレで春愁も乳酸に。抒情をあっけらかんと科学に変換したのが快い。心実さん、クリームソーダのあわいに着目し、言葉を分離して示した。あの境目から風は光るのか。季語も新たに輝き直す。
【人】
夜神楽や肋は檻のかたちして長野 野村斉藤
子の指が牙の化石に触れ彼岸米国 爪太郎
斉藤さん、肋の檻が囲うのは心臓。夜神楽に高揚する鼓動が、疼くように闇を打つ。爪太郎さん、ここに生きて育つ子どもの指と、幾年を経た化石と。死と弔いを思う彼岸なら、その邂逅の感慨がより深まる。
【入選】
穴を出る蛇に濁点殺到す茨城 眩む凡
うぐいすの餓えより椅子の錆びゆける和歌山 日塔朋記
レシートの文字剥がれさう春の雪北海道 柏木七歩
シロサイの唾のかがやき春うれひ神奈川 岡一夏
春の野は村の蟀谷ふれてみる北海道 北野きのこ
鳥影の書棚を去りし遅日かな静岡 酒井拓夢
ゾンビにキスさよならの手は花を掻く同 東田早宵
ルーズソックスの重力春眠し神奈川 大地緑
啓蟄やファーストシューズの底光る今治 相原ゆつこ
尾道や白鍵のごと波は春東温 堀雄貴
歌姫の春夜を魚群めく光松山 広瀬康
蜂は鍵林道に扉のあれば大阪 高遠みかみ
AIに謝罪考えさせて初夏熊本 夏風かをる
かわいくないかわいいさくらまみれでも松山 板尾奈々美
園児みなライオンへゆく夏日かな愛媛大 桜屋
忌やみんな灼けてサーカスらしくなる同 野上翠葉
いいから詠め声が黄砂になる前に大阪 未来羽
一箱の本よ、おかえり。春の風大洲 坂本梨帆
冬林檎すかすか条件付きの愛八幡浜 福田春乃
朧夜の折れて乾けるコンタクト高崎女子高 奥田羊歩
かなしさを松虫草にぬすまれて大阪 国領柩
ミニカー握り流感の寝息かな香川 長船絵里子
【嵐を呼ぶ一句】
花に意味背負わせ過ぎたから散ってる
松山 一色大輔冷えるでしょう芯から金属樹だから法政大 斎建大
「~から」と理由を組み込んだ文体の二句。大輔さん、桜に負わされた文化的な蓄積を過剰なものと捉えた。建大さん、金属樹の冷えが美しく冴える。ただ、どちらも理由の明示が必要かは検討の余地あり。




