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青嵐俳談

公開日:2026.03.13

[青嵐俳談]森川大和選

 二日間かけて実家の本棚を整理した。カーテンを開け放ち、光に曝し、風を通し、一冊一冊に、萌え、色付く山を見せる。処分する13箱に、それぞれ春愁の緑青が詰まる。眼下の庭にたわわに咲く花ミモザ。一本の葉は羽状。もう一本は丸い銀葉。それぞれの樹から最も明るい梢をもらい、隙間の空いた書斎に活ける。

 【天】 

蒙古斑めく立春の湖畔なり米国   爪太郎

 一条か、幾条か。凍てた大気を裁つように差す光。そのまばゆさに春は立つ。日矢が水底まで届き、深沈とした湖を混ぜる。ほとりの草木花も呼応し、萌え初む。その一幅の絵の、若く柔らかな青を、神秘的な蒙古斑に見立てた説得力。含蓄のある潔さ。

 【地】

水温む波紋に石のこゑをきく済美平成  川口心実

錆びてゆく鏡の脇のヒヤシンス東京   岩本遥

 遠く広がり、静かに沼池の輪郭を打つ波紋。そのうねりを通して、先ほどまでほとりに碌々と落ちていた一石の「こゑ」を聴く。地球の記憶か、宿す神の意か。後者、古びた鏡は深い念が憑いたように、周囲から錆を生じ、異形の輪郭へ化けんと蠢く。その脇のヒヤシンスは伸びて、咲いて、まるで祈りのかたちになる。

 【人】

詩を訳す二月の水を掬ふごと東温   堀雄貴

 二月の水の鋭さ。澄み、何か一つの刺激で氷らんと待つ。その水を掬う手の赤らみ、悴み、痛み。詩を訳し、広めることで、ほんの少しずつ水は温もる。

 【入選】

スポンジに春愁吐かせ水吸はせ

さへづりを乗せ放題のトルティーヤ三重 多々良海月

卒業に分かつクワトロフォルマッジ松山   広瀬康

噛むまでは楽しき麩なり春隣京都大院   武田歩

樹洞みな鍵穴めける遅春かな松山  一色大輔

親展の厚き封筒沈丁花愛知 紅紫あやめ

風車まはらぬ雨後の壇ノ浦松山  小林浮草

料峭やネイルオイルに爪澄んで静岡  酒井拓夢

花魁のしゃなりしゃなりと春の燭今治   京の彩

米櫃の掬へぬ隅や春の宵神奈川 河埜スミヰ

明け方の余寒のしづか吾は破水兵庫  杉浦萌芽

暖かや端役屈伸する楽屋同  山城道霞

春みぞれガラナジュースの薄甘き愛知  渡辺桃蓮

熱々の肉まんで怪獣ごっこしよ愛媛大  江村結子

布団のなかでトポロジーとなつてゐる同  野上翠葉

春埃ひかる練り香水の指大阪   葉村直

豆の花ヒステリックという奏法愛知 四條たんし

引継書は労働の遺書そして春大洲  坂本梨帆

散文の春は窓枠から零る大阪 高遠みかみ

養殖の網を抜け出す鰻かな愛媛大    桜屋

 【嵐を呼ぶ一句】

荷物にも吾にも番号付され春東京  桜鯛みわ

 荷物の番号管理は届くまでの短期間だが、人はマイナンバー、住所、電話、車体、口座、カード、学籍、組合等、長らく重層的な番号網に管理される。そして、番号などない春の網目に万物が目覚め、全きを得る。

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