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青嵐俳談

公開日:2026.03.06

[青嵐俳談]神野紗希選

 明日は保内出身の俳人・富澤赤黄男の忌日だ。〈切株はじいんじいんと ひびくなり〉は戦後の作。戦争体験により引きちぎられた精神の生傷が一字空けの空白として可視化され、聞こえぬ音を響かせ続ける。

 【天】

珊瑚より泡の剥がるる涅槃の日京都大学院   武田歩

 旧暦二月十五日、釈迦の入滅した日が「涅槃」だ。珊瑚の藻が光合成して生み出す酸素は、珊瑚の体を離れて海面へ。その昇天のイメージが涅槃と響き合う。「剥がるる」の粘る身体性がずしりと句の核を成す。

 【地】

受験期や狛犬の胸張り出せる神奈川   岡一夏

麗日のあくび銃口挿せさうな東温   堀雄貴

 一夏さん、合格祈願の天満宮の狛犬だろうか。ぐっと胸を張り出した姿は、堂々として頼もしい。雄貴さん、麗らかな春のあくびは平和そのものだが、その口にイメージの銃口が突っ込まれた途端、不穏が寄せて来る。現代の日常の裏に忍び寄る、殺戮の気配。

 【人】

デバッグのごと鳰鳰大阪   未来羽

やがてラララ核の子となり実南天愛媛大  野上翠葉

 未来羽さん、デバッグとはソフトウェアのバグを見つけ修正するプロセス。繰り返し水に潜る鳰の姿に、システムを正常に戻そうとする営為を重ねた。翠葉さん、過去の郷愁に立脚した〈かつてラララ科学の子たり青写真 小川軽舟〉に対し、未来への皮肉をこめた。原発事故を経験し、世界で核の脅威が高まる今、赤い実に血を思いつつ、その結実の誠実に祈りも託す。

 【入選】

樹々と詩のわづかな相似冴えかへる兵庫  石村まい

弱者だと言える特権ちゅうりっぷ八幡浜  福田春乃

小さくて狭くて燕くる我が家兵庫  西村柚紀

愛の日の無線マウスや見つからず神奈川  高田祥聖

釣針のように尾を垂れ猫の恋松山  近藤幽慶

アイプチを剥がす器用よ冬日没る東京経済大 加藤菜々実

淡雪や後部座席に私小説兵庫  山城道霞

春風や作者の気持ちとか知らん済美平成  川口心実

蝶は死を気取る白紙の重さまで静岡  東田早宵

セノーテへ日ざしの柱龍天に三重 多々良海月

晴れ時々曇り木の芽時間近東雲女子大  田頭京花

みらーりんぐかなしくなるね雪のはて松山 板尾奈々美

立春を細分化した時に君愛媛大  七瀬悠火

投票を済ませ斑雪を帰りけり松山  小林浮草

記事で知る福豆のアレンジレシピ大洲  坂本梨帆

キャラポーチ春めく妹の破顔今治   京の彩

風花を横目にジャッキアップかな専修大  野村直輝

背美鯨流線の末端(はて)に僕もをり沖縄   ほのか

雪はモノクローム我ひとりの景色東京大   渡辺真

スコップの跡を均せば春きざす香川 長船絵里子

 【嵐を呼ぶ一句】

血に滑りながら抱き合う冷たいね埼玉  東沖和季

 血溜りで抱き合う凄惨な場面を、臨場感を伴う口語で記した。「滑りながら」の描写が、血の質感を思わせてリアルだ。この冷たさは、死の迫る冷たさか。

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