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青嵐俳談

公開日:2026.02.27

[青嵐俳談]森川大和選

 それは一泊した宇和島の夜に上る、春の三日月の歯応えだった。椎茸の笠ほどの分厚さながら柔らかく、コリコリなどしていない。この夕餉ではオーガニックの純米酒を開けていた。みぞれ酢に和えた柚子の皮も濃く、清香だった。口が騙されたのだろう。この夜の真海鼠は葡萄だった。知人の拵える極上の酢海鼠。

 【天】

牛乳が地獄のやうに沸いて春大阪   葉村直

 一度、真っ赤な池も想像させるが、沸き立つ牛乳の白さ、鍋に立ち上る香の柔らかな甘さに比重が移り、死生が裏返り、春の萌芽の活気へと重なる。牛乳の泡一つ一つがはじける。その膜の断面、断片に、万物照らす光の春の白さが、カリヨンのように鳴る。

 【地】

凍蝶を風にめくれる海と思ふ神奈川    ギル

馬の絵の蒼くまだらな修司の忌埼玉 互井宇宙論

 前者、木の根や樹皮の割れ目にルリタテハ等の凍蝶を見れば、その吹かれ様に海を思うだろう。まるで蝶が見る走馬灯の記憶の顕現。後者、競馬好きだった寺山には、馬がそう見えていたのかも。天井桟敷のポスターならば、まだらな部分はネガポジの反転。

 【人】

笛の音外れてバレンタインデー京都  水野不葎

 昨今は本命よりも友達や推しの相手にチョコを贈る傾向が強い。とはいえ、バレンタインには年間の半分のチョコが売れるというから、世間は熱を帯びる。その中で、この句の気の抜けた捉え方が絶妙である。

 【入選】

立春や青磁にたかくウフサラダ松山  小林浮草

賞状に光る角度や神渡京都大院   武田歩

旗入に雪のすこしく残りをり東京  長田志貫

古文書を繰る金色の鶴来る神奈川   大地緑

雪晴れの芯に小骨の鳴る孤独長野  野村斉藤

右膝に冬のスクランブル交差点専修大  野村直輝

みづうみの詩想のひこばゆる序章松山   広瀬康

永日の闊歩水がめ戴いて米国   爪太郎

菜の花や九日ぶりのジム帰り香川 長船絵里子

雪晴はいつも短しカツサンド秋田  吉行直人

前かごに抱かせるシクラメンや湖松山 板尾奈々美

被告席めきたるベンチ冬の蝶同  一色大輔

どれにも穴啓蟄のランドルド環三重 多々良海月

くりかへす雪はダビデの星に似て愛媛大  野上翠葉

紅梅を賜り戦争止めてくるわ神奈川  高田祥聖

目覚めればますます冷えてゆく体兵庫  西村柚紀

かなしさを松虫草にぬすまれて大阪   柊木柩

春雪に足跡確か投票日東温   堀雄貴

定期券取りに戻るや卒業す酒田光陵高 伊藤ペンタ郎

ノー残業ノー残業てふ雪女郎新潟  酒井春棋

投票の我に食い込む抱っこ紐大阪   未来羽

 【嵐を呼ぶ一句】

福豆や政見放送の手話キレキレ大洲  坂本梨帆

 先日の衆議院選挙の様子か。政見の内容よりも手話の熟練した勢いが目に飛び込んでくる。その政見は、視聴する有権者にとって鬼と出るか、福と出るか。

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