公開日:2026.02.20
[青嵐俳談]神野紗希選
俳句はしばしばトリビアルな出来事にフォーカスする。鳥の声、花の色。混沌の時代、句に詠むささやかな一事象に救われつつ、これが逃避に終わってはいないかと自問も湧く。些事を面白がることは、日常の尊さを確かめ続けることだ。ただごとのうちにも積極的に美を見出し、全体主義から個を取り戻したい。
【天】
えいゑんの仮縫ひとして火は冬に兵庫 石村まい
火は常にゆらめき、同じかたちをとどめない。その定まらなさを、永遠の仮縫いと見た。詩的な把握。世界の綻びを閉じ合わせようと、火は冬を燃え続ける。同時作〈爪といふ薄き蹄のわれらに雪〉も、爪を蹄と把握し、獣としての原初の感覚を引き出した。
【地】
認証にマスク外して僕である愛媛大 野上翠葉
翠葉さん、僕が僕である存在証明を、端末の顔認証という些末で無機質な場面に求めた。ずらすマスクも冬の季語なら、寒々しさが潜み寄る。同時作〈だらしのない言語野へようこそ脱兎〉も、「だ」の頭韻が独自のリズムを生みつつ、きりりと緩い。
【人】
りんご煮るからだに生殖器ひとつ松山 板尾奈々美
羊水の夢を見るみづ浮寝鳥米国 爪太郎
奈々美さん、眼前に煮られる林檎にアダムとイヴの果実を思えば、からだに埋めこまれた生殖器の存在がふと意識される。爪太郎さん、羊水が胎児を浮かべるように、ひととき鳥を眠らせる水の静けさ。
【入選】
針になるはずだつたんだ水仙は京都大 水野不葎
アポロンの泉に大魚風光る京都 ジン・ケンジ
濡れ靴や二度と還らぬペチカの愛弘前大 優
カツ丼の蓋冬ざれの重さなる東温 堀雄貴
深呼吸して産める詩や風疼く埼玉 伊藤映雪
謝つて終わる加害者雪だるま大阪 ゲンジ
冬帝の裔か指揮者の肩尖る同 葉村直
完走の安堵に拭ふ水つ洟松山 一色大輔
ゴール近づいてランナー形而下へ大阪 未来羽
黴餅を過去とも未来とも思う秋田 吉行直人
冬雨や器具に混みたる献血車京都大院 武田歩
芯の冴ゆ記憶濾過小屋の蝋燭大洲 坂本梨帆
クロテッドクリーム塗りたくる春だ松山 広瀬康
開け方を忘れた窓のごと氷専修大 野村直輝
大判焼抱けば赤子のように熱八幡浜 福田春乃
たまに遇ふひとがたいせつ蝶の胸埼玉 互井宇宙論
雪除けてまた雪除けて誕生日新潟 酒井春棋
冬ぬくしアマビエの図の端の浮く松山 小林浮草
売り切れの海鮮丼や木の葉髪新居浜 翔龍
後悔を 咆哮にする 夜半の冬松山 堀本千世
【嵐を呼ぶ一句】
雪折の選挙一票重くなる大分大院 鶴田侑己
降り積もった雪の重みで枝が折れてしまうのが「雪折」だ。先般の衆議院選挙は、各地で大雪のなか強行された。雪でやむなく投票を諦めた人も少なくないだろう。そのぶん、投票所に辿り着けた一票はより重要になる。枝にのしかかる雪の重さ、一票の重さ。時代の実感を刻んで残すのも、大切な俳句のあり方だ。




