公開日:2026.01.17
[2025年 青嵐俳談大賞]神野紗希選・森川大和選
愛媛新聞文化面の若者向け俳句投稿欄「青嵐俳談」の2025年の掲載作品から優れた句を選ぶ第8回「青嵐俳談大賞」の受賞作17点が決まった。最高賞の「青嵐大賞」には、茨城県の眩む凡さん(神野紗希選)と和歌山県の朋記さん(森川大和選)が選ばれた。受賞作と選者2人の選評を紹介する。
【青嵐大賞】
(神野紗希選)
冬や夜を鯨の閉瞼とおもふ茨城 眩む凡
(森川大和選)
薔薇の首沈めて馬は発火せり和歌山 朋記
【優秀賞】
(神野選)
デ・キリコの塔の影伸ぶ秋の蠅愛媛大 飯本真矢
螢火の向かう絶滅収容所八幡浜 福田春乃
(森川選)
ローソンの謝氏淡々と聖夜祝ぐ東温 高尾里甫
花ぎぼし羊皮紙充たす皺と染み東京 加藤右馬
【春嵐大賞】
終活の浪人として草餅食ふ松山 若狭昭宏
【入賞】
(神野選)
子宮復古地球に引っ張られてる春長野 沢胡桃
鏡とは光の化石春彼岸東京 池田宏陸
瘤に樹皮捲れてゐたる神送り京都大院 武田歩
金のない我羽のない扇風機専修大 野村直輝
階段のない冬がくるたとへば海京都 宇鷹田
(森川選)
眠る森へピリオドに隠した小鳥静岡 東田早宵
晩秋の象のうちがは真つ黄色兵庫 石村まい
ドーナツの穴と春樹と春愁京都 ジン・ケンジ
青嵐タルチョ引きちぎらむと吹く三重 多々良海月
ヘッドフォン震わす啓蟄のレゲエ米国 爪太郎
※肩書などは作品発表時のものです。
選評
神野紗希
イメージや概念を自由に広げることで、生きる実感を詠む作が印象的だった。
大賞作は生活段階から生命段階へとギアを替え、大いなる闇を見晴るかした。鯨の視野に広がる海の深さが、冬の闇の深さ、世界の底知れなさを体感させる。眩む凡さんの俳句は、現実からイメージへ移行する滑らかさが独特だ。〈寒菊を束ねてこゑの季節かな〉〈鈴蘭水仙ミシンの清潔な運動〉〈雨つかひふるしてフェンス越しの都市〉、限りない世界の質感を言葉で写し取る。
優秀賞1作目、主観的に絵画を受容し、絵の中の塔の影がこちらまで伸びてくるよう。季語が媒介となって、絵の世界と外部とを有機的に繫げた。飯本真矢さんは〈デウス・エクス・マキナや晦日蕎麦すする〉〈日向水エウレカ君をわかりたかった〉等、観念を心身に引き寄せる力をもつ人。大胆さとともに〈同棲やホットミルクにうすく膜〉の繊細な感受も魅力。
優秀賞2作目、人類の記憶に灯る虐殺の闇を、蛍を媒介に浮かび上がらせた。ジェノサイドは現在進行形で続く。過去を見つめる意味は大きい。福田春乃さんは、まっすぐな言葉のうちに大切な主題をこめる人だ。〈祖父の知る原爆の色蚊遣香〉〈アイスティーおかわりたぶん愛だった〉〈停戦合意レモンソーダの喉を灼く〉、いずれも実があり心が在る。
入賞作。沢胡桃さんは妊娠出産育児をリアルタイムで詠んだ。出産後の子宮が縮む力に地球を思う壮大な身体感覚。池田宏陸さんはレトリックを駆使しつつ、その巧みを上回る心の震えをこめる。野村直輝さんは現状を直視する簡潔な物言いが快い。宇鷹田さんは感覚を印象的に言語化する。その描く世界は不思議と懐かしい。歩さんはごつごつとした現実の手触りを大切に詠む。その誠実さは句の密度を重く高めるだろう。
森川大和
言葉は投網。成否、多寡はあれ、千姿万態の魚を獲る。人世、四季、宇宙の眺望と表裏して、波打ち歪む虚構や未知の世界。逃げ、零れる語彙もあるが、跳ね光り、蠢き香る。本欄の作家は何を生け捕りにしたか。
大賞の朋記氏の句は郷愁、寂寥、痛みが夥しく迫る。受賞作の構成は赤のモンタージュ。花と血と火の耽美。誰も知らない因果律。〈姉の歌だけが焼野を泳ぎきる〉は魂を遊離させ、〈青鮫の子宮を思うメトロかな〉は再生を希求する。ここにあって、ここにあらず。不在性の存在感が詩の源泉。
優秀賞の高尾里甫氏の句には、生における違和感や多様性の肯定が映る。受賞作は、「謝氏」の故郷や祖国まで想起させる。〈「我々」の外のぼくらや鴉の巣〉は巣に救い。希望が育つ。
加藤右馬氏は句材が幅広い。時にクラシック、時に現代的な機知に富む。受賞作は「ぎぼし」の斑入りの葉、花の白や紫が岩絵の具で描いた古書の挿絵めく。〈やはらかくプラグの刺さる鶉の巣〉は「刺さる」に俳味。目が効いている。
春嵐大賞の若狭昭宏さんは家族詠に深み。受賞作や〈戦後とは父の生涯日脚伸ぶ〉の句には「浪人」や「生涯」の述べ方の技の奥に、親への愛と敬意が溢れる。
入賞の東田さんの句には読み解く喜びがある。呼びかけの最後に封じた「小鳥」は自分だろうか。石村さんの句は、象を南国の果物のように詠んだ。甘く香る。スパイスまで薫る。ジン・ケンジさんの句は、実感覚と感性を往還する。並列の妙。春やドーナツなのに、全て寂しい。多々良海月さんの句は、祈祷旗が澄んだチベットへ誘う。「青嵐」の字面も山頂めく。米国から投稿の爪太郎さんの句は、「啓蟄のレゲエ」の並びに圧倒される。ドラミングの陽気さと虫の伸びやかな蠢きとが共鳴する海外詠。
【合評会のご案内】
2月1日午後2時から、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社で受賞作の合評会を開催します。オンラインでの参加もできます。選者の神野紗希さんと森川大和さんを中心に、作者や投稿者、一般読者などが語り合う会です。
参加希望者は氏名(俳号)、電話番号、参加方法(来場かオンライン)を明記し、メールでお申し込みください。会場の定員は先着20人です。問い合わせ、申し込みは青嵐俳談係=メールbunka@ehime-np.co.jp




