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青嵐俳談

公開日:2025.12.26

[青嵐俳談]森川大和選

 冬のコンクール会場の乾き。客席で目を瞑る。順々に課題曲を披露するピアノ。萌え、開き満ち、譲り、また引き戻し歌う一曲の起伏。残響に十指を離す名残惜しさ。奏者自らが音に同化するまでの修練の日々。一呼吸一小節の奥に、その愛おしさを垣間見る。

 【天】

山眠る星糞峠採掘坑京都 ジン・ケンジ

 「星糞」は黒曜石の俗称。長野県の諏訪湖近く霧ケ峰の北東部には縄文時代から星糞の採掘場があった。遠くからでも石が星のように輝いて見えたのだろう。信州に一山の眠るときは、今も昔も、日本アルプス皆眠る。その一角に、星を掘った人々の浪漫が眠る。

 【地】

霜凪や等身大の豚の檻兵庫  石村まい

安置所の暗さ鯨の肺の中大阪   葉村直

 「霜凪」は風が吹かずとも霜が立つ寒い状態を表す。檻も凍てていよう。憐れ。運ばれる荷一杯の豚の青さ。災害の後は、時に体育館等が安置所となる。「鯨の肺」の生々しさに、大切な人の死を受け止めきれぬ拒否感が想起される。肺胞は一胞ごとに棺のよう。清新な空気に満たされながら、深く、抗いがたく海へ潜る。

 【人】

着ぶれて行きつく果てのイエスかな東京  桜鯛みわ

 磔のキリスト像を仰ぐ教会の最奥とは、信者にとって1週間の生活の終着点なのだろう。生に苦しみ、信仰に身を委ねるとき、行きつく果てにイエスが立つ。ただし、ミサに列する際は、皆防寒を怠らない。教会は冷える。裸の主に着膨れた己が向き合う微苦笑。

 【入選】

養鶏運搬車ラジオから聖歌大阪   未来羽

冬木の芽風船ガムの萎凋点埼玉  伊藤映雪

九十九髪梳けば狐火灯りけり松山  小林浮草

オルガンに触れない指で巻くショール静岡  東田早宵

すすきすすきここにピアノがあったのに神奈川   大地緑

やわらかくなずな打つなりひとしきり兵庫  西村柚紀

チャイ煮立つ雲はいびつに凍ててをり東京  長田志貫

ラガーらの口腔赤々と空へ大阪   ゲンジ

くちびるを歌は離れて冬の鳥秋田  吉行直人

震災の海に蛙の棲む瓦礫広島大  白石孝成

枇杷の花ベッドに水の満ちてゐる茨城   眩む凡

鷹の声と熾火の絶える深度かな和歌山    朋記

教授室の窓にさぼてん感謝祭米国   爪太郎

熱の子へラップしてやるクリスマス三重 多々良海月

夜学果て大きな円の烏賊フライ京都   宇鷹田

 【嵐を呼ぶ一句】

戦後とは父の生涯日脚伸ぶ松山  若狭昭宏

 お父様の人生がまさに戦後の動乱に始まり、バブル崩壊までの経済成長と失われた30年の躁鬱の時代に影響されながら、苦労とともに、しかし逞しく暮らし抜かれたことを拝察する。「日脚伸ぶ」は、年老いて穏やかな時間を過ごされたことへの安堵を含む季語か。

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