公開日:2025.12.05
[青嵐俳談]神野紗希選
流行語大賞の候補に「二季」の語が。暑さが長引き春や秋が短い昨今を踏まえた言葉だが、実際の季節はもっと細かく移ろう。そもそも現実のあれこれは四季に分類しきれない。持続可能な地球との関係を模索しつつ、同時に日々の変化を素直に受け止めたい。
【天】
凍鶴のそのまなうらに百の壜茨城 眩む凡
凍える寒さの芯に立つ凍鶴が、林立する透明な壜を想起しているのだとしたら。「百の壜」のイメージを通し、硬質で透明な冬の光が差し込む。同時作〈教科書に先史の薄し蕪煮る〉〈靴紐の清らな交差神の旅〉も「薄し」「清ら」の発見をさらに季語が支えた。
【地】
まはりつつ飛蝗流るる用水路京都大 武田歩
青鮫の子宮を思うメトロかな和歌山 朋記
歩さん、用水路に落ちた飛蝗が、水面に浮いたまま流されてゆく。そのさまを見つめ「まはりつつ」を発見したまなざしの深さ。飛蝗の哀れが滑稽に秋日の底をすべる。朋記さん、昏い海をゆく獰猛な青鮫の子宮を思うとき、地下鉄に灯る車内も胎内のように感じられてくる。メトロの闇から何が生まれるか。
【人】
牡蠣を剥くゴム手袋の青さかな秋田 吉行直人
元カノに未練おでんにウインナー松山 広瀬康
直人さん、「青さ」に着地した鮮明さ。句の焦点の絞り方が巧みだ。寒色が冬の海の冷たさと繋がる。康さん、元カノへの未練を抱きつつ、おでんのウインナーを食べる。未練もまた人生のアクセントになるか。
【入選】
霜の夜や星の総和はきつと素数千葉 平良嘉列乙
鯨飛ぶ燃えそうな一行の海静岡 東田早宵
葱煮るや痣の色薄まれど痣愛媛大 七瀬悠火
焼藷や群論の話をすこし東京 長田志貫
瞽女うたへば遠く鯨もうたひけり松山 小林浮草
三島忌の封蝋紅し火の赤し京都 ジン・ケンジ
秋の××孤独たのしくてマカロン新居浜 羽藤れいな
タイパにコスパやっぱでも鳥渡る空大阪 未来羽
時間軸に安らぎゐたる冬の蝶神奈川 高田祥聖
風強く別れ話のみかん狩り大分大学院 鶴田侑己
あなたなる記憶のはしご夕時雨大洲 坂本梨帆
真っ先に新米よそうビュッフェかな松山 一色大輔
手羽先のたちまち骨に盂蘭盆会京都 宇鷹田
陰謀論、冬、鶏皮が噛み切れぬ米国 爪太郎
リビドーのうすき尖りや初時雨兵庫 石村まい
よく笑ふ二人よホットワイン飲む新潟 酒井春棋
ブロッコリわたしのカラフルな小鳥千葉 弥栄弐庫
冬蝶に墓地の日向の集まれる岡山 沼野大統領
水面の歪める雲へ鴨の陣専修大 野村直輝
俳優の訃報届いて落葉時今治 京の彩
【嵐を呼ぶ一句】
露の世の心のごとき絹豆腐大阪 とき
寒灯の蜜の濁りの如く息松山 若狭昭宏
直喩を用いた2句。ときさん、儚いこの世を生きて震える心と、絹豆腐の繊細な甘みを結びつけた。昭宏さん、寒い闇に吐く息に有機的な甘さ・重さを見出した。「蜜の濁り」の詩語が体温を引き寄せる。




