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青嵐俳談

公開日:2025.11.28

[青嵐俳談]森川大和選

 冬ざれの今治商店街。ある彫金師がここを去る。結婚の際は柔らかな杢目金(もくめがね)の指輪とタイピンを、友人の快気祝いには勝ち虫の蜻蛉のハットピンを。節目に世話になった。この日、妻は漆黒のオニキスに一線の白が開闢するイヤリングを手に取った。まるで冬至に一陽来復を祈るかのごとく。

 【天】

鎌鼬交番は燈を回しけり岡山 沼野大統領

 「鎌鼬」に遭ったとしか考えられないという傷跡を持つ人を知っている。妖怪か、不可解な自然現象か、いずれにせよ、私にはリアリティのある季語である。静かな里の夜の交番。回る燈が捉えきらぬ深い闇が山へ、またその向こうの山へ伸びて、風を集めてくる。止めば継ぎ、止めば継ぎ、風を研ぎ上げてくる。

 【地】

ししむらの闇と溶け合ふ風邪寝かな三重 多々良海月

 闘病の夜の朦朧とした中に生まれた句。「ししむら」は肉塊のこと。人為を排した生き物の生身の質感がある。魂の蠢きを再現する厳かさが詠み込まれている。

 【人】

下冷や担々麺は鬼の色京都大院   武田歩

 出された「担々麺」の湯気を吹けば、豆板醤、唐辛子、ラー油の辛さに、山椒が香る。複雑な赤を「鬼」と書けば、さらに食欲をそそる。冷えには参りながらも、カウンターに座り、垂れる両足が少し踊る。

 【入選】

茶の花や小言を仕舞ふ箱あれば松山   川又夕

つぼがたの息を吐きけり冬の虎茨城   眩む凡

この小春日を黒鍵に叩きつけ兵庫  西村柚紀

冬木立吾は献血が出来ない岡山   杉沢藍

病棟の暗がりを行く鶏頭花静岡  東田早宵

無欲無漏無邪気無器用無我無月埼玉  伊藤映雪

焼藷を割って右翼と左翼かな八幡浜  福田春乃

狐火や埋め戻されし防空壕京都 ジン・ケンジ

白紙委任状の如くに鶴来る松山   広瀬康

月沈む両国橋の向こうがわ長野   里山子

枯山に雪の色なす軍馬の碑東京  長田志貫

山粧ひ貴女はそんな声ではしゃぐ東温   堀雄貴

マジシャンのうすむらさきの舌冴ゆる兵庫  石村まい

冬林檎以外その部屋にはあつた大阪   葉村直

地下道の溝のどこかに鈴虫が愛知県立大   柊琴乃

眠る子の睫毛きらきらして冷た神奈川   岡一夏

子を預け吟行へくそ葛の実長野   沢胡桃

蓬々たる眉の爺より蜜柑買ふ松山  小林浮草

キャベツ畑愛撫の下手な蝶もいて熊本 夏風かをる

冬晴れや倫理の色は皆違ふ愛媛大  七瀬悠火

いのちの跡よ記憶濾過小屋の蔦大洲  坂本梨帆

秋ともし極むデジタルデトックス今治   京の彩

 【嵐を呼ぶ一句】

金椀に影の一巡熊の飢え和歌山    朋記

 熊出没の監視カメラ映像を思う。「金椀」はお寺か。ぐるぐる巡り、不意に近付き、拡大されるクマの顔。光る両目、荒い呼吸の白息、半開きの口から垂れる唾液。飢えた熊の恐ろしさを再確認させる時事俳句。

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