公開日:2025.11.21
[青嵐俳談]神野紗希選
一回きりの出来事や感覚には名前がないので、それを正確に記述するには独自の表現が必要となる。そのように世界と誠実に向き合うとき、詩が生まれる。
【天】
階段のない冬がくるたとへば海京都 宇鷹田
階段がなければ、上へも下へも移動できない。平たい閉塞感が冬と言われれば、さもありなん。そこへさらに海のイメージの投入。海もまた、どこまでも平面だ。冬の海の荒涼が、どこへも行けない心に轟く。
【地】
渦巻ける夜や剃刀に血の冴えて愛媛大 飯本真矢
マイクロアグレッション秋雨を傘のなく千葉 平良嘉列乙
真矢さん、剃刀についた血に、生の切っ先が疼き、夜も蠢きはじめる。主観的に夜を描写することで、今ここの臨場感が迫る。嘉列乙さん、マイクロアグレッションとは、日常に潜む自覚なき差別のこと。夏の豪雨でも冬の寒い雨でもなく、秋雨が絶妙。ひんやりと濡れていつの間にか芯まで冷える秋雨が、マイクロアグレッションを受けた心の冷えを具象化する。
【人】
ドッキングワンピース煩悩と月新潟 酒井春棋
レース編む地軸を傾けて座る松山 森美菜子
春棋さん、ドッキングワンピースとは、トップスとスカートが別々かのようにデザインされた服のこと。楽しておしゃれでありたい心も、装いに惹かれる欲望も、煩悩として月下に息づく。美菜子さん、体を傾けてレースを編んでいるのだろう。地軸という地球規模の言葉が、その人を世界の中心のように印象づける。
【入選】
螺旋階段を良夜の楽器にす大阪 未来羽
雪女郎股より溶けぬ砂利に臥し和歌山 朋記
秋の夜を踏ん張るためのオランジェット松山 ゆゆゆ
遺伝子の螺旋踏み外して花野京都 ジン・ケンジ
伝わってしまうラムネの泡は星の粒愛媛大 七瀬悠火
憐憫の涙あるいは鹿の糞秋田 吉行直人
白桃の大半は意味ある水か大阪 ゲンジ
濁音と清音ありて秋は澄む大洲 坂本梨帆
悴みて白の時代のあらすぢを東京 長田志貫
冴ゆる月綺麗ねティンホイルハット新居浜 羽藤れいな
神渡しポテチにトリュフ薫りけり東京 阿部八富利
逃げ水やアーチェリー逆再生す埼玉 互井宇宙論
過去編にさしかかりたる夜長かな愛知県立大 柊琴乃
別々に生きそれぞれの聖菓へ刃埼玉 伊藤映雪
鼻水吸い器に残る鼻水ながす夜長野 沢胡桃
台風 待って偽善をすべて刺してから静岡 東田早宵
いちじくを揺らすあなたの鼻濁音兵庫 西村柚紀
撫でられて自撮りに写る奈良の鹿愛媛 福田春乃
喉仏出る前の友秋桜愛媛大 田外美緒
月光を裏切るやうな言葉かな高崎女子高 武藤理央
大学の灯りまばらに夜寒し立命館大 乾岳人
【嵐を呼ぶ一句】
how to survive 稲妻のない暮らし神奈川 高田祥聖
どうやって生き残る? その問いかけを、稲妻の激しさで脚色せず、平坦な日常へ向けた。つまらない暮らしを生き延びるほうが、実はよほど苦しいのかも。




