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青嵐俳談

公開日:2025.11.14

[青嵐俳談]森川大和選

 少し忙しくして、深呼吸することを忘れていると、玄関に金木犀の梢が生けてあった。お菓子箱のような満開。隣には桜紅葉が積み重ねられている。選び抜いた模様の一枚一枚をよけていくと、絵皿の蛸がお出ましになる仕組み。庭に立つ妻子の呼吸。紅葉かつ散る桜の時間。立ち込めて、風にたなびく金木犀の空。

 【天】

爪に星降らせて真紅秋祭静岡  東田早宵

 収穫を祝い、神へ感謝する秋祭。気合の入った「真紅の爪」の主体とは。例えば、女神輿の担ぎ手か。揃えの法被、鉢巻きに、爪の先まで皆染めて、掲げ差す白腕伸びて、その手その手の、真紅の銀河。

 【地】

まだ誰の重みも知らず菊枕北海道 北野きのこ

 一物の佳句。干した菊の花びらを詰めた枕は、頭痛や目病みに効き、邪気を払うという。誰かのために仕立て、届いたばかり。最も香りのよい特別の状態。

 【人】

小鳥来る防風林に隙のあり京都大院   武田歩

 地味な「隙」に目を遣った面白さ。大男のような防風林に、時折、黄や赤の羽をもつ小鳥が来るとかわいらしい。間を詰める一点の彩に、風景が引き締まる。

 【入選】

ましら酒賭け虫拳の三竦み松山   広瀬康

仰け反つてヘーシ叫ぶや盆の月大阪  宮本隆邦

踊子の睫毛の反りと山の襞東京  長田志貫

アボカドの種や心身一元論和歌山    朋記

トランポリンの余熱が十月の腓神奈川   岡一夏

鍵かけるごとし暮秋のガスコンロ大阪   葉村直

火を焚くや焚書坑儒の火の粉鳴き埼玉  東沖和季

ガソリンを注いで四方の虫時雨大阪   未来羽

黄落やゴッホの午睡する木椅子京都 ジン・ケンジ

秋うらら拙い手話で通じ合う立命館大   乾岳人

焼藷ぽくんきみに嫌われてもいいよ八幡浜  福田春乃

銅鍋にくつくつ笑ふ檸檬ジャム松山  小林浮草

食べ放題捨て放題の林檎狩米国   爪太郎

栗羊羹の栗比べ合ふ靴を脱ぐ高崎女子高  武藤理央

爽やかや踵浮かせて取る伝記千葉  弥栄弐庫

健やかな胸筋秋の宵を待つ愛知 紅紫あやめ

風船のぷぷりるりらと絶命す大阪 家守らびすけ

開戦日ばしゆんと戻るウインカー千葉 平良嘉列乙

オブラディ・オブラダ秋の布団を干しもして埼玉  伊藤映雪

あなまどひじじじとチェキのうなりたる京都大  水野不葎

ジャムサンドクッキー秋晴れのちキャンディ愛媛大    結子

 【嵐を呼ぶ一句】

大谷翔平らしきものゐる熊手かな三重 多々良海月

 酉の市では値切るほどに縁起が良い「熊手」。納得した客は「勝った(買った)」、店主は「負けた」と締めるのが習わし。ただし、値切った分も祝儀として全額払えば粋な客となる。今年も「勝った」大谷選手をあしらう縁起の良さ。熊手を詠むに眼の効いた一句。

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