公開日:2025.11.07
[青嵐俳談]神野紗希選
見飽きているものの中にこそ、消えない普遍の光は宿る。当たり前のように経験しながら日常の中に埋没してゆく瞬間の感覚を、俳句に詠みとめられたら。
【天】
雨つかひふるしてフェンス越しの都市茨城 眩む凡
フェンスを隔てた都市は、こことは違う場所。見飽きた風景、叶わぬ憧憬に、雨も古びてゆくか。はっきりした切れを作らず緩く繋いだことで、「つかひふるして」の感覚が、雨にもフェンスにも都市にも浸透してゆく。同時作〈桃の濃淡あくびがてらに言ふおやすみ〉、甘やかな桃の匂いに包まれ、幸福な眠気に沈む。
【地】
大皿の烏賊透きとほる秋祭松山 小林浮草
ジャック・オー・ランタンに頭突きをするな吾子新潟 酒井春棋
浮草さん、港町だろうか。大皿に用意された烏賊の刺身が、土地ならではの秋祭をいきいきと描き出す。同時作〈だんじりの和彫りの肩へ野分立つ〉もエネルギッシュ。春棋さん、ハロウィンの楽しい一幕。禁止の言葉も「吾子」の着地も、臨場感を醸し出す。
【人】
停戦合意レモンソーダの喉を灼く八幡浜 福田春乃
星に稲妻すべての崖を明日として静岡 東田早宵
春乃さん、合意もいつ覆されるか。レモンソーダの明るさに開放感を託しつつ、下五の描写がここからの情勢の厳しさを示唆してもいる。早宵さん、崖が「明日」なら、私はそこから飛び立たねばならないか。星の光、稲妻の光が、夜の闇に鮮烈に混み合う。
【入選】
割りひらく化石にひかりゑのこ草米国 爪太郎
斜交に鹿の頭蓋や秋の水和歌山 朋記
無花果とオリーブオイル/月と針兵庫 石村まい
文化の日手紙のように包むパイ東温 堀雄貴
恋か愛今治ラーメンのレモン大分大院 鶴田侑己
眠りより死である仮眠みづの秋神奈川 高田祥聖
喪服の汝すする秋夜のうどんかな兵庫 山城道霞
亡国のコインは重し草の花東京 長田志貫
スピネルと楓を置き換えてみせよ大阪 高遠みかみ
許されてしまって黒葡萄眩し松山 岡崎唯
大葉買う東京に飼い慣らされて愛媛大 結子
草木零落す火鍋へ追い花椒大阪 家守らびすけ
星は穴だからすかすかの銀漢専修大 野村直輝
火星移住計画蘭も持つていく京都大 水野不葎
死に急ぐことはないはず檸檬の黄大洲 坂本梨帆
黄鶺鴒が奇跡は綺麗だと教えた兵庫 前田真枝
育休はとらないわたし秋刀魚買う同 西村柚紀
透明な嘘の温度や後の月京都 ジン・ケンジ
秋あはれ代弁者なる歌姫よ今治 京の彩
蟷螂は光に戻り揺れている熊本 貴田雄介
右目過去左目未来夕案山子埼玉 伊藤映雪
メモ帳の赤透けてゐる九月尽京都 晩柑
【嵐を呼ぶ一句】
つみき積む積む蹴散らして積む夜長松山 森美菜子
「積む」を3回繰り返し、徒労とも思える育児の一場面を切り取った。蹴散らしながらもまた「積む」ところに、前進する未来への意志が滲む。




