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青嵐俳談

公開日:2025.10.24

[青嵐俳談]神野紗希選

 冷蔵庫の裏で鉦叩が鳴いている。リ、リ、リ、リ。一面を塗りつぶすのではなく、刻む音。空白をはらむのが心地よい。秋の夜の寂しさをやさしく澄ませる。

 【天】

デ・キリコの塔の影伸ぶ秋の蠅愛媛大  飯本真矢

 シュルレアリスムのさきがけとなった画家デ・キリコは塔のモチーフを好み、長く伸びた影を描いて日常に潜む不穏を引き出した。秋の蠅を配したことで、絵の塔の影が現実にまで伸びてくる。秋の心理の陰影。同時作〈給餌器の唸つて餌を吐く夜長〉も、無生物の給餌器が生きているよう。秋の夜の不穏が揺らめく。

 【地】

叩き割るカラメル秋の夢のあと兵庫  石村まい

花野いま風の永久機関めく松山   広瀬康

 まいさん、クレームブリュレのようにキャラメリゼした表面だろう。ほろ苦い甘さが秋の夢と通い合い、「叩き割る」の激しさが夢から醒めた荒涼を物語る。康さん、花野は風を巡らせる永久機関のようだ、と見た。「めく」だから、永久でないことは分かっている。それでもひととき、涼しく幻を夢想する。

 【人】

水面から逃げたがってゐる秋光愛媛大    結子

老木は錆びつくように十月来松山 板尾奈々美

 結子さん、水面にきらめく光も、実は逃げたくてもがいているのだとしたら。尖りゆく秋の心が風景に滲み出す。奈々美さん、錆びゆく十月の季節感を、老木の幹の肌に見出した。老木も、それでも生きている。

 【入選】

林檎食むアンドロイドの歯列美し京都 ジン・ケンジ

酢橘絞る星空はひとりで仰ぐ兵庫  西村柚紀

間脳に鶏頭額にチェーンソー大阪   未来羽

夫藍や磁器の白鳥に空洞和歌山    朋記

身に沁むや膝にぶつかる紙袋大阪    電柱

嘘を吐く快楽ぶだう吸ふ怠惰同   ゲンジ

松笠はバベルの塔に似て野分京都大  水野不葎

こわかった驢馬の遊具と柘榴の実愛知  渡辺桃蓮

くつ下の穴を掘る指秋高し東温   堀雄貴

何もかも嫌だがうどんにはレモン大分大院  鶴田侑己

生きてゆく時間と満ちてゆく夜露大洲  坂本梨帆

対岸は九月の兵がゐるところ名古屋高   冨田輝

助けてと言えたら言った秋日傘静岡  東田早宵

終戦日無垢の寝息を守る園松山  森美菜子

色落ちの服のあなたへ木の実降る東京  長田志貫

鶏頭の戦時中だと囁ける八幡浜  福田春乃

秋澄むや体操着とは真白き帆新潟  酒井春棋

ガジュマルの枯れてアイスティー旨し東京農大第一高   米今悠

座布団の分厚き上座神の旅松山   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

[運動会 たつや 小1 vol.2]京都 斎藤よひら

露の玉 ※ハイスピードカメラ撮影東京 阿部八富利

 詩から遠い言葉を俳句に呼び込んだ2句。よひらさん、運動会を記録した動画のラベルがそのまま句に。家族の時間が静かに記憶となる。八富利さん、番組などで動画に添えられる注意書きを取り込んだ。露の玉がゆっくりと形を変え、クローズアップされる。

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