公開日:2025.10.10
[青嵐俳談]神野紗希選
秋は万物が窶れ、衰え、ゆえに命のありようが逼迫し、むき出しになる。そのむき出しの真実の肌が、ひととき照らし出される瞬間を、その揺るぎない存在の物質的硬度を、逃さず余さず詠むことができたら。
【天】
瘤に樹皮捲れてゐたる神送り京都大院 武田歩
初冬、出雲へ旅立つ神々を送り出すのが神送りだ。樹皮が瘤の隆起により捲れたさまに、神の不在の世界の荒廃が兆し、大樹の重ねた時間が荒々しく匂い立つ。
【地】
腹裂けば鰡よりも鰡臭き泥松山 一色大輔
月代や聖書の上にドライヤー神奈川 ギル
大輔さん、鰡の腹を裂けばその泥に鰡が濃く臭う。泥に生きる鰡の命が生臭く溢れた。ギルさん、聖書とドライヤーの邂逅が、生活になじむ祈りのありようを物語る。月の出に白む夜空の聖性も静かに満ちて。
【人】
身に入むや肉のパックに指の跡東温 堀雄貴
秋刀魚食むわたしの背骨探しつつ兵庫 西村柚紀
雄貴さん、スーパーの肉のパックに、誰かが押さえた指の跡が。兆す嫌悪に、薄いラップが寒々と照る。柚紀さん、食べ進むうち明らかになる秋刀魚の背骨の明瞭に、私を支える象徴としての「背骨」を思う。
【入選】
人体褪せて花野の果に積む土嚢和歌山 朋記
眠たさや鏡に六つ梨のある京都大 水野不葎
秋桜の丘に眼窩の湿りたり兵庫 石村まい
鶏頭花あるいは眠くなる呪文神奈川 高田祥聖
この風は本日限り秋の風 松山東雲女子大 田頭京花
あなまどひ跨ぎて炊事棟の朝愛媛大 飯本真矢
きずくちはいとでつむがれ秋彼岸京都 宇鷹田
睫毛の長い龍は裏切らない良夜静岡 東田早宵
恋は海月愛は懐剣轡虫新居浜 羽藤れいな
鳩吹や醤油の甘き街を風東京 長田志貫
授業中亀と目が合う秋時雨松山東高 マロン
秋はみじかい鳥と鳥籠を買う東京 池田宏陸
澄む秋の視野よミセスの「我逢人」大洲 坂本梨帆
蓋のある虫かご蓋のない世界大阪 葉村直
散骨の月下に洗ふ車椅子松山 若狭昭宏
月と詩の閒と月と死の閒埼玉 東沖和季
不特定多数のきみと月見する京都 青鯊
薬莢のやうな寒紅引きにけり埼玉 伊藤映雪
筆塚の脇に棄てられたる案山子東京 加藤右馬
秋雨や猫の毛並みの重力感愛媛大 田外美緒
龍淵に潜み隣家の話し声新居浜 翔龍
白き壁ばかりの路地や天高し愛知 紅紫あやめ
【嵐を呼ぶ一句】
[もう秋だ。]▽たたかう ▽どうぐ ▼うずくまる大阪 未来羽
RPGで、行動の選択肢を提示する画面を模した。戦う積極性も選ばず、道具を使う思考も止め、ただ蹲ってしまうのが、秋という季節の孤独や苦しさを浮き彫りにする。トリッキーな見かけだが、声に出せばちゃんと五七五の定型にのっとっている、周到な冒険。