朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2025.10.03

[青嵐俳談]森川大和選

 出張で長崎に滞在した。爆心地から五百メートルに満たないグラウンドゼロの中に立つ宿に連泊し、坂の町々を歩く。浦上天主堂に祈り、被爆した聖母マリアの顔や鐘、重なり熔けるステンドグラスの真紅群青を見る。長崎大学医学部で放射線の影響を学び直す。爆風に耐えた簗橋を渡り、城山小学校に遺る校舎に上る。丘の上の校舎。現在の街が見える。原爆資料館のガイドの女性はやや高齢ながら、声の張りに気骨がある。時に涙ぐみながら一心に話す姿が、こちらに迫る。展示資料を超えた詳説のおかげで、長崎の地理と町名も覚えてしまう。お一人の使命感に出会ったと、心に残る。

 【天】

眠る森へピリオドに隠した小鳥静岡  東田早宵

 無季の詩である。「へ」の語りかけが手紙のごとく面白い。森の奥には思い寄せる何か(誰か)が眠り、その思いを綴った手紙(物語)の最後に小鳥が隠してある。贄として小鳥の自由を封じるかすかな残虐さ。しかしそれが、静かで深い、行き場のない愛情の仮託だとすれば、その小鳥はとりもなおさず自分である。

 【地】

かならずときつとのあひだ林檎落つ大阪   葉村直

 誠実さと不誠実さのように、果てしなく広がるその「あひだ」を、茂り埋める林檎の森。とめどなく、落ちやまぬ実の、一玉一玉鮮やかすぎる「悔恨」。

 【人】

死にながらとどく乳酸菌無月兵庫  石村まい

 乳酸菌のあはれ。無月の夜が体内の闇に重なる。乳酸菌のような我々。同時作〈肉声のごとき汽笛や碇星〉〈秋澄みて珊瑚は骨の森となる〉の肉や骨の生々しさ。対象化した景が反転して我が身に食い込む。

 【入選】

空蝉を秋の封蝋として剥ぐ大阪   未来羽

ガンジーの貌の蝗や飛び失せぬ米国   爪太郎

夏痩の顔真鍮の匙の中茨城   眩む凡

ピアスに秋の波はじけていて光る愛媛大  飯本真矢

三日月やさらけ出したるファルセット今治   京の彩

引っ込みがつかなくなった心太愛知県立大   柊琴乃

糸くずが指をはなれる原爆忌神奈川    ギル

さみしさに人格のあり檸檬の香八幡浜  福田春乃

遼遠の星の使いの水海月大阪    とき

雫垂れ一層白き毒きのこ沖縄  成瀬源三

残響を採取してゐる秋の蝶大阪 高遠みかみ

水星に鉄の核あり白鶺鴒和歌山    朋記

しやぼんだま星のあちこち燃えてゐる千葉  弥栄弐庫

小鳥来る武者小路とふ名字静岡  酒井拓夢

秋扇に測る上司の機嫌かな松山   広瀬康

扉開け放つカレー屋牽牛花京都大  水野不葎

 【嵐を呼ぶ一句】

涙堂に鯉を泳がせ竜田姫岡山 沼野大統領

 「竜田姫」は裁縫と染色を司る秋の神。紅葉ともなじみ深い。その涙袋に錦鯉を泳がせる斬新さ。養殖池さながらの迫力があり、姫の化粧を艶やかにする。

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