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青嵐俳談

公開日:2025.09.26

[青嵐俳談]神野紗希選

 未知の、まっさらの眼を意識すること。赤子、獣、草木、天体…人間や社会の枠組みを透明化する眼を感じることで、世界の底知れなさが大きく扉をひらく。

 【天】

食洗機を銀河と思ふ赤子かな松山  出産記念

天窓に夜のありあまる葡萄かな茨城   眩む凡

 出産記念さん、筆名の通り、新しい命へ十七音を記した。食洗機の水音も、赤子には銀河の流動に聞こえるか。この世はすべて宇宙なのだ。同時作〈雲の峰小さく畳む紙オムツ〉も極大と極小の対比に実感がこもる。眩む凡さん、天窓をあふれる夜の闇、星の光。葡萄の輝きが、昏さときらめきを感覚的に補強する。

 【地】

アイスティーおかわりたぶん愛だった八幡浜  福田春乃

 カフェで別れ、その人が去ったあと、アイスティーをおかわりして、これまでの日々を振り返る。たぶん愛だった。そう確かめても戻らない愛の切なさを「だった」の過去形が刻印する。喪失の静かな受容。

 【人】

昔の映画の未来も昔むかごめし神奈川    ギル

童話信じない回転寿司の桃大阪   未来羽

 ギルさん、古いSF映画などを見ていると、未来の描写が妙にレトロだったりする。では、ここにあるむかご飯は、なつかしい過去? それとも現在? 時はとどめがたく過ぎ去ってゆく。未来羽さん、回転寿司のレーンをあっけらかんと巡ってくる桃は、童話を信じない平熱の日常にも、ほのかに甘みをもたらす。

 【入選】

ラヴ・オール削がれて桃の小島めく松山  近藤幽慶

鏡面や裏が焼け爛れた柘榴和歌山    朋記

アストロラーベ花野は暮れていまに詩は静岡  東田早宵

隕石を祀る社や涼新た千葉 平良嘉列乙

AIとAI磨き合ふ銀河同  弥栄弐庫

この星の細胞としてバナナ食ふ東京  桜鯛みわ

しほからきものに母あり水の秋神奈川  高田祥聖

秋暑し解体前の見学会立命館大   乾岳人

凸も凹も正も五画や月白し東温  高尾里甫

九月果つ湯舟は舟で何処でもいける愛媛大  飯本真矢

両腕ノ無キザリガニガキシキシ言フ埼玉  伊藤映雪

捨案山子・認知・非認知・四肢・暮らし東京  長田志貫

秋ともし辞書中段の【que sera, sera】大洲  坂本梨帆

墓洗ふみづに記憶のうねりたる松山   広瀬康

緑陰に留学生の寝てをりぬ京都大院   武田歩

新作のシャドウ一つの銀河かな今治   京の彩

階段の壁かまきりの首回る埼玉  東沖和季

ライブハウス前にゆらゆら氷旗新潟  酒井春棋

新涼や黄色き壁の収容所高崎女子高  奥田羊歩

 【嵐を呼ぶ一句】

明日から九月エクレアがあるよ愛知  渡辺桃蓮

 夏が終わり日常へ戻る心の沈み具合に「エクレアがあるよ」の寄り添いが優しい。人は励まし合って生きる。その一片として俳句の言葉があってもいい。

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