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青嵐俳談

公開日:2025.09.19

[青嵐俳談]森川大和選

 望(もち)を迎えんとする良夜の今治城天守閣前広場。上進式。すだく虫。キャンドル並ぶ。声潜むる仲間の見入る花道を、全速力に駆け抜けて、膝の高さのロープ飛び越す。宣誓の韻。かくして長子はボーイスカウト今治第5団カブスカウト隊へ迎えられた。

 【天】

デラウェアが紫の上だったころ兵庫  西村柚紀

 甘みが強く、酸味ほどよいデラウェア。それを挙措に麗しく、健気に生きた「紫の上」に見立てた点が面白い。掌につぶつぶと沈む弾力。よほどの一房をまじまじと掲げ観て、句はもうおいしく食した後か。

 【地】

かなかなや言語野に木が四つ褪せ和歌山    朋記

 言語野の「木」が褪せるのは、意識が無意識化することか、いわゆる忘却か、忘れたいのか、忘れてしまうのか。こんな色ムラを持ちながら、人は毎日「かなかな」の一鳴きごとに、悪くも良くも忘れる定め。

 【人】

きりぎりすエンデの森を抜けられず兵庫  石村まい

 少年期に読み耽ったエンデの『はてしない物語』を思い出した。ファンタジーは没入するほど抜けたくなくなる逆説を生む。跳び上がったきりぎりすが着地をするころにはもう、風の匂いが変わっている。

 【入選】

あらコスモスわたくし鞄忘れたわ長野   里山子

何光年先のあなたへ投げる菊静岡  東田早宵

石榴裂けツァラトゥストラはかく語る京都 ジン・ケンジ

大西日凶器を並べゐる歯科医大阪   ゲンジ

四歳の機密にラムネ玉光る神奈川    ギル

初恋やぴちぴちと青蜥蜴の尾中国   楊明枳

水底の鳥居水面に降る紅葉大阪    とき

流星の8番線を見送りぬ松山  若狭昭宏

秋寂しみんなが自分らし過ぎて同  一色大輔

向日葵の立たされている投票日八幡浜  福田春乃

法務局の窓に集ふ黒揚羽愛知  渡辺桃蓮

低脂肪乳流し込む喉敗戦忌愛媛大  飯本真矢

銃痕が処暑の新橋高架下東京  加藤右馬

八月の子の湿疹をなぞりけり大阪 家守らびすけ

半券のぎざぎざしてるとこ秋思松山   広瀬康

こぼすほどクリップのある秋思かな大阪   葉村直

分けられし臓腑を濯ぐ秋の水東京  長田志貫

泣き止んで闇とて熄んで病蛍大洲  坂本梨帆

ため息から鼻歌生まる秋夕焼東京  橘あかね

ブルースを聴かせた茸らし多汁神奈川   岡一夏

帰省ラッシュ構はずペペロンチーノ巻く新潟  酒井春棋

 【嵐を呼ぶ一句】

ヒメムカシヨモギ生れ乍らの姓愛す岡山 沼野大統領

 この雑草は、線路沿いに旺盛に繁殖し「鉄道草」とも。要はありふれているわけだ。そんな「生れ乍ら」の「姓」に、愛着がある。こだわってよいと思う。

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