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青嵐俳談

公開日:2025.09.12

[青嵐俳談]神野紗希選

 俯瞰すれば似て、接近すれば各々違う。喜びも悲しみも、ありふれたものと俯瞰すれば真理が透け、私だけの感情と抱きしめれば切実があふれる。

 【天】

子規の忌のコンビニまでの裸眼かな愛媛大  柊木快維

 コンビニくらいまでなら、コンタクトを外していても、眼鏡なしでいいか。そうして歩く近所の風景は、どこかぼんやりと異質に見える。子規は、見たものをありのまま詠む「写生」を提唱した。過去の子規が見たもの、今の私に見える/見えないもの。補正しない「裸眼」が、むき出しの世界に触れる。

 【地】

ここにいてはいけないよ蟻殺しながら愛媛大  飯本真矢

桃掴む雛を殺せる関節で和歌山    朋記

 真矢さん、不条理の世界に迷いこんだよう。ここにいてはいけないのは、蟻か、私か。忠告が恐ろしい。朋記さん、力をこめれば桃も潰せるし鳥の雛の命も奪える、私の手に潜む暴力性を飼い慣らせるか。関節を要にしたことで、身体感覚の確かさが刻まれた。

 【人】

牛丼へローリエつかふ涼しさよ大阪   ゲンジ

漢方に草の匂ひや秋澄めり三重 多々良海月

 ゲンジさん、ローリエを足す牛丼、おしゃれ。その香味に涼しさが生まれる。海月さん、漢方の原料には草木も多い。清澄の秋、薬を通して、体内と自然が地続きになる。感覚の広がりが私の輪郭を霧消させて。

 【入選】

霧雨や鉄の匂ひの調律師茨城   眩む凡

とこしへに文字植ゑてをり黄金虫東京  長田志貫

遺族会解散小さき西瓜切る京都 ジン・ケンジ

こほり枕ふはりくらげになつたきぶん東温  高尾里甫

鷹渡る兵は撮らるるとき笑顔東京農大  コンフィ

背伸びして詩にすることば蕎麦の花千葉  弥栄弐庫

くらげ浮く水溶性の心持ち愛知県立大   柊琴乃

星涼しふたりの影を水に置き東京  桜鯛みわ

余すことなく炎天やゴッホとテオ京都大  水野不葎

少年は炎昼に読点を打つ静岡  東田早宵

藍浴衣スーパーボール跳ね過ぎて新潟  酒井春棋

後輩は増えてゆくもの土用干兵庫  玉貴らら

鳥渡る端の見えない人造湖京都大院   武田歩

学校の水道旨し蕎麦の花東京 阿部八富利

反発に飽きたまくらや秋の雷神奈川  高田祥聖

桔梗や手に水かきがあったころ兵庫  西村柚紀

飲み比ぶレンガ倉庫の黒ビール新居浜    翔龍

自分とか棄てたる秋の蛍かな松山   広瀬康

秋暑しお一人様でよろしかったでしょうか同  石川穴空

過ぎ去りし恋の疼痛秋の海今治   京の彩

 【嵐を呼ぶ一句】

台風夜左廻りの古時計大阪    とき

 時計は全て右廻り。左廻りは時が逆行する異様な事態だ。台風の夜の不穏をイメージにして差し出した。「台風夜」は言葉が窮屈なので、字余りでも「台風の夜」または「野分の夜」などとなめらかにしたい。

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