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青嵐俳談

公開日:2025.09.05

[青嵐俳談]森川大和選

 夏休みの終わりに、鈍川温泉の奥へ上がる。気温が3度低い。穏やかな川で遊ぶ。膝までは浸かる予定だったが、早々にバランスを崩し、右半身を濡らしてしまう。覚悟が決まり、童心に返る。ライフジャケットを借りた子らと、浮いたまま流れに身を委ねる。

 【天】

さうめんをゆがけどもゆがけども慕情愛媛大    悠生

 簡単に「恋」だとは認めない「慕情」という古風な言い方が「素麺」一束の切り整えられた生真面目さに通じておかしい。麺が湯に踊るのはたった2分。短くもどかしい。その様もまさに「慕情」の内面を象る。

 【地】

南風ひとを魚に戻しつつ愛知県立大   柊琴乃

 全身に南風を受け止めていると、遺伝子の奥底に記憶する魚類の本能が蘇ってくる気がする。読者の口や顔、体等も少し紡錘形になっているかもしれない。

 【人】

トーチカは海へ傾ぎて秋の星茨城   眩む凡

 トーチカは、敵からの攻撃を防ぐために設置された頑丈な構造物のこと。北海道の太平洋側には、先の大戦の末期に、米軍の上陸に備えて造られたものが今も残存する。句の中七は遺構として、その存在の意味を伝える。「秋の星」の美しさが、異物を際立たせる。

 【入選】

背泳ぎや光と夏の海を編む愛媛大  飯本真矢

風死して古きジオラマ歩くごと岡山   杉沢藍

燐火は眠る朝顔の種として三重 多々良海月

白露降る山の喉より山のこゑ兵庫  石村まい

鵺塚の亀裂に入り込む秋思同  山城道霞

蛇だった足が野霧を消えずある和歌山    朋記

三日月を涙袋に注射せり東温  高尾里甫

ゴールデンドロップぽとり虫すだく長野   里山子

資本主義論じて庭木刈る二人東京  加藤右馬

床の間のえびすがこわい夏休み京都 ジン・ケンジ

聴くひとのための余白や踊唄大洲  坂本梨帆

ヨルダン川西岸地区の無月かな埼玉  東沖和季

新涼のテーブルクロス投げ広ぐ松山   広瀬康

スコール来ひと口もらふチリコンカン埼玉  伊藤映雪

ふたりから仮説に戻る熱帯夜静岡  東田早宵

鉄棒に手の跡あまた終戦日千葉 平良嘉列乙

レモン切る対立遺伝子のふるへ松山  若狭昭宏

日本全土燕が孵る日なりけり京都   宇鷹田

敗戦日蛇口に各々の角度松山  近藤幽慶

空っぽの寮の屋上夏休み大阪    電柱

スタジアム取り巻いてをり天の川今治   京の彩

ピエモンテの月やはらかき葡萄祭米国   爪太郎

 【嵐を呼ぶ一句】

前職の看板多き街残暑愛知  渡辺桃蓮

 「多き」の強迫性や「残暑」の身体性から考えると「前職」を離職してまだ間もない頃か。どんな仕事だろうか。いくつも候補が浮かぶ。それらが一斉に現前する街の風景を想像すると、べったりと疲れてくる。

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