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青嵐俳談

公開日:2025.08.08

[青嵐俳談]森川大和選

 空気の抵抗や摩擦に歪む。雨は一朶。夕立が湖沼を打つ今、万涙は万朶へ揺らぎ、着水にしぶき上げ、けぶり立ち、その底に水面波立て、紋広げ、紋重ね、新たに紋打ち、濃く、沸き立ちやまぬ万朶の光。こんな刹那に見紛うごとき、港花火のフィナーレを観た。

 【天】

絶交はたぶんゆふぐれまで金魚愛知 四條たんし

 何と切なく、美しき。新しい「金魚」の句を見つけた喜び。「独楽のはぢける如く」、再びは交わりえぬ二人の時間。空も雲も、眼の奥も、喉の奥も染め上げる夕日の赤は、元は一匹の金魚だったのだ。それが「絶交」という禍々しさに、陽を鮮やかに染め上げる。

 【地】

眼帯の視野に夏蝶混みあふよ茨城   眩む凡

 眼帯の視野とは。眼帯の中の薄暗がりか、眼帯の隙間から見える外界か、眼帯をせぬ逆の眼が見る半分の世界か。どれも狂気や恐ろしさと紙一重だが、私は二つ目の読みが好きだ。狭く濃く、極彩に犇めき光る。

 【人】

流蛍に蹴られたままの草がある兵庫  石村まい

 飛ばずに光る蛍の景には、摑まる草が少し映るが、流れ飛ぶ蛍の儚げな明滅に、草は見えまい。句は闇に見えぬ夏草の存在を「いきれ」の密度に確かめる。

 【入選】

海の日に手書きの診察券貰う松山   ゆゆゆ

風鈴出す誕生日だけ覚えてる兵庫  西村柚紀

秋の蝶ポーの眼窩の黝し埼玉  東沖和季

火灯すや腐草蛍となる機影岡山 沼野大統領

寝室に子蛸のうねる熱帯夜同   杉沢藍

天心より魚眼へ夏の雨滂沱和歌山    朋記

かたつむり一神教の数多あり大阪   葉村直

百物語のどをのろりとぬるきみづ愛知 樹海ソース

ウヰスキー昼から遣りさうな案山子米国   爪太郎

献立は星のオムレツ星祭新潟  酒井春棋

トマトジュースの空に溶けゐる溽暑かな大阪 家守らびすけ

岩の国さんせううをのみづ歌ふ松山   広瀬康

紙魚がさみしいとおよいでいるはなし東京  池田宏陸

空蝉のごとき投票箱や虹千葉 平良嘉列乙

日の盛り半密室の投票所神奈川  高田祥聖

その揚羽蝶にも出口調査せよ同   岡一夏

子育てを無職と書きし炎天下静岡 海沢ひかり

夏帽を脱げば潰れてしまひけり京都大院   武田歩

老鶯や寄木細工の香合来兵庫  山城道霞

龍淵に知らない町の映画館静岡  東田早宵

奈良の夏魑魅魍魎はほらうしろ松山   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

アテンションエコノミーこのトマトでかい松山  石川穴空

 昨今の関心経済は、悪質なデマやフェイクニュースを助長する側面があり、注意と良識が必要だが、この句の画像配信者のコメントの素朴さは、安心する。

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