公開日:2025.08.29
[青嵐俳談]神野紗希選
俳句は、俳句を作り俳句を理解する共同体に向けて書かれるものだろうか。否、もっとひらかれた、それを俳句と知らない読者にも届く言葉でありたい。
【天】
永遠は遠泳のもつれたことば大阪 高遠みかみ
「えいえん」と「えんえい」、確かに音が似ている。その類似を表現する比喩のバリエーションとしての「もつれたことば」の措辞のオリジナリティが光る。海を泳ぎ続けて気が遠くなり、手足ももつれ、深く兆す疲労の向こうに永遠があるのだとしたら。永遠と遠泳のあわいを、読者は自由にもつれたゆたう。
【地】
有料で続きを見れる平和の詩神奈川 ギル
冷汁をよそって震度3の夜東京 米今悠
ギルさん、新聞などのWEBニュースは一部のみ無料で公開され、途中から課金が必要な場合も多い。平和の詩にアクセスするにもお金が必要だ(あまねく行き渡らない)ということへの皮肉が、あっけらかんとした物言いに強く滲む。悠さん、冷汁の季節感がディテールとなって、地震と付き合いながら生きる日本の日常を描き出した。夜のもたらすほのかな不安。
【人】
新盆の海底は藻をつなぎ止め京都大院 武田歩
麦茶飲み放題マッサージ機もある千葉 平良嘉列乙
歩さん、海底に繋ぎ止められたのは藻だけか、それとも。海底から戻ってくる魂を思うとき、藻の重たさが魂に実体を与える。嘉列乙さん、実家か友人宅か。ささやかな贅沢に喜べる精神の健やかさが愛しい。
【入選】
おおかみも螢も碧く生成さる和歌山 朋記
たくましいたましいだきしめて素足静岡 東田早宵
かなかながどの光でも割り切れる茨城 眩む凡
揚花火鳥の心室ふるえやまず兵庫 石村まい
アイスキャンデーどうせ永遠とかはない愛媛大院 森川夏帆
青田へと叫ぶセーラー服の鬱東京 桜鯛みわ
アイマスク外して葉桜を見てる名古屋高 冨田輝
秋晴や抹茶の香る瓦そば兵庫 山城道霞
学校って社会の縮図ところてん大阪 幸の実
母に泣かれてピザトーストのチーズ冷ゆ埼玉 伊藤映雪
チョコミントアイス友から離れたい群馬 西村棗
ソーダ水飲み干し生きるへと舵を八幡浜 福田春乃
音楽はエロ飲食はグロ施餓鬼専修大 野村直輝
くり抜かれメロンは底の見えるダム新潟 酒井春棋
朝曇自転車押して帰る道松山東雲女子大 田頭京花
シャンパンも溢れて孤独帆立貝東京 長田志貫
打水に託す生きたくない日々を大洲 坂本梨帆
盆の海映せる被爆電車かな松山 若狭昭宏
月光や竜頭のようなオウム貝愛知 四條たんし
色受想行識ぜんぶぜんぶなつ愛媛大 野上翠葉
【嵐を呼ぶ一句】
雪だ雪だと言葉の外が響きあふ愛媛大 悠生
言葉にとらえきれない世界の豊かさを、言葉で指し示し得た。雪も、声も、心も、時間も…言葉になる前の〈それそのもの〉が、きらきらと輝き合う。