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青嵐俳談

公開日:2025.08.01

[青嵐俳談]神野紗希選

 蛇を首に巻く機会があった。もっと柔らかいと思っていたら、触れると、骨がぐぐぐと蠢くのが掌に分かる。そういう瞬間、この世界のことがちょっと分かったような気がする。すぐ忘れてしまうのだけど。

 【天】

日向水エウレカ君をわかりたかった愛媛大  飯本真矢

死の後を星の光りてかき氷松山  近藤幽慶

 真矢さん、エウレカはギリシャ語で「分かった!」の意味。分かり合えない寂しさ、それでも分かりたいと願う切実。日向に置かれた水がきらきらとぬるみ、不可逆の時間が過ぎ去ってゆく。幽慶さん、誰かの死後(私の死後の景かも)も星は輝く。闇に浮かぶかき氷の微光も、いつかは溶けて消える。同時作〈清水湧く歌いはじめに息を吸い〉の詩性も清冽。

 【地】

卵黄に箸の触れたる避暑の宿東京  長田志貫

夜濯やヒトは平均して偉い米国   爪太郎

 志貫さん、柔らかな卵黄にそっと箸先を。かすかな瞬間に生の実感は宿る。爪太郎さん、現代風の言い回しで性善説を語り直した。生きることへの真摯さ。

 【人】

決勝や卓球台の汗を拭く新居浜    翔龍

離乳食吐かれし腕や苔の花愛知 樹海ソース

 翔龍さん、「決勝や」からの描写がリアル。いよいよという胸の高鳴り。樹海ソースさん、育児の大変さも句にして可視化させた。苔の花が繊細さを加える。

 【入選】

地上絵に額縁のなき涼しさよ兵庫  石村まい

葉脈のごとき涙痕夏未明東温  高尾里甫

ブルシット・ジョブ今日はTシャツで行く松山  石川穴空

ひまわりのタネ平凡の凡の点神奈川  高田祥聖

肱川や七年を経て雨は夏大洲  坂本梨帆

鉛筆の音符の掠れ扇風機京都大院   武田歩

少年は大志とみかんゼリー抱き新潟  酒井春棋

AIに青空文庫食はせる蚊大阪  宮本隆邦

冷房が壊れておこられたきもち今治    脇々

雛を呑み蛇の心臓とは太陽和歌山    朋記

かはほりや少年院の狭き空京都 ジン・ケンジ

承認を求むスマホの光に蛾大阪    電柱

金星や書庫が涼しいてふ噂京都大  水野不葎

Mrs. GREEN APPLEハウリングするプールかな福岡    横縞

劇場に消火器ひとつ夏の果長野   里山子

肱川や龍の臥したる夏夕べ松山   広瀬康

幽霊にしては前髪短くね?千葉  弥栄弐庫

ががんぼやひつくり返すマットレス東京 阿部八富利

俯きの渋谷に降り注ぐ海月熊本 夏風かをる

万博の植栽として夏薊兵庫  西村柚紀

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

羽根飛んで花火響けどバドミントン弘前大  成田享市

 「響けど」の逆接には「花火は見たいもの」という主観が出るが、言わずとも伝わる。俳句で逆接を使うと思いを述べ過ぎる。順接で繋ぐほうが読者の想像力が広がりやすい。たとえば〈遠花火バドミントンの羽根飛ばす〉と整理すると、今ここも肯定できる。

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