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青嵐俳談

公開日:2025.07.18

[青嵐俳談]神野紗希選

 小蠅が飛ぶので、めんつゆと洗剤を小皿に混ぜてトラップを作り、台所に設置。蠅も夏の季語だよと言いながら、茶色い沼に溺れる小蠅を、子と眺める。

 【天】

ねじまわし薔薇の記憶が押し寄せる愛知県立大   柊琴乃

蛇はじまる宵の湖面へ鈴を放り和歌山    朋記

 琴乃さん、ねじまわしと薔薇の邂逅。ねじを回す螺旋が、花びらの巻き方と響き合うか。メカニックな無機物を核に、有機的な薔薇の生の時間が力強く膨らんでゆく。同時作〈薔薇に棘わたしにストロベリーシェイク〉のキュートな毒も〈権力は饐えるものなり薔薇を剪る〉の社会批評も見事。朋記さん、暮れかけた湖面に放った鈴が、予兆としてきらりと消ゆるとき、蛇に神話の聖性が宿る。同時作〈烏賊啼いて裸体に雨の影無数〉の生々しく夥しい水の殺到も圧巻。

 【地】

残業のサイダーは目をあけて飲む静岡  酒井拓夢

ラムネ玉ぽこんと共感性羞恥松山    萌衣

 拓夢さん、陶酔から遠い残業の現実が、些細な動作の発見によりまざまざと描き出された。萌衣さん、人の恥ずかしい様子を見て自分のことのように恥ずかしくなる心理を「共感性羞恥」という。玉の落ちてきたラムネの騒ぎようにも、私の心はざわめくか。

 【人】

怒る肩に糸くづ永しアイスティー神奈川   岡一夏

 「永し」だと時間の印象が強いので、物質的な「長し」のほうが合いそうだが、怒る人の肩の糸くずが気にかかる意識のずれ方が人間的で、ふっと涼しい。

 【入選】

夜蝉鳴くたましひを鉋に削り東京  桜鯛みわ

サイダーやあなたの地雷かるく踏む秋田  吉行直人

永遠の少し手前の蝸牛茨城   眩む凡

プール解放わたしにはこころしかない東京  池田宏陸

夏の庭爺に平たきガム貰う東京農業大  コンフィ

言葉数よりも西瓜の種が多い大阪   未来羽

サビ残や街の明るさだけは夏至大洲  坂本梨帆

寝室へ昏き階段沖縄忌千葉 平良嘉列乙

沖縄忌ひかりを千切り捨つる波東温  高尾里甫

出来たてのジェンガの穴の涼しかり東京  長田志貫

満天星躑躅抱き零すところ闇松山学院高    福島

はろんほろんはろんほろろん夏至夜風長野   里山子

誰しもが誰かの遺族花茗荷米国   爪太郎

これがまあキノコ雲かな人類忌埼玉  東沖和季

またバニラアイスのつまらない男静岡  東田早宵

霊峰をおもき瞼としてやませ神奈川    ギル

星涼し寮の消灯後の屋上東京 阿部八富利

友情の終はり酸つぱしさくらんぼ八幡浜  福田春乃

空蝉てふ赦された殻それを拾ふ愛媛大    悠生

寄居虫と僕とがドライブに混ざる大阪大  野村隆志

品種なぞ知らないが夏兎角夏神戸女学院高    湯流

 【嵐を呼ぶ一句】

心太読点所々点京都   宇鷹田

 読み書きしつつ心太を啜るか。読点は「、」のこと、まさに所々に打たれる点だ。「ところてんとうてんところどころてん」、あざやかに踏まれた韻の楽しさ。

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