公開日:2025.07.11
[青嵐俳談]森川大和選
息子二人とリュックを背負い、北条の鹿島まで遠足する。初めての電車。ボックスシートに舐める飴玉。初めての船。風渡るデッキベンチ。餌に寄る群鹿。斑の背。ごわつく毛、鼻はぷるん、耳に血管、こしょばい唇。炎天の山頂展望台、城跡の緑陰に開く弁当。膝まで浸し、浜に拾う貝や石や。帰りは深い眠りの重さ。
【天】
花ぎぼし羊皮紙充たす皺と染み東京 加藤右馬
羊皮紙は、家畜の皮を引き伸ばし、職人が一枚一枚薄く削って紙状にしたもの。厚さは画用紙と葉書の間ほどだという。中世西欧で普及し、聖書や装飾写本に用いられた高級材。一点物の革ゆえの皺と染みを持つ味のある「白」。擬宝珠(ぎぼし)は葉の緑が鮮やか。斑入りもある。花の瑞々しい「白」との取り合わせ。岩絵の具で描かれた千年褪せぬ挿絵のごとく。
【地】
みづ白きペンテコステの如雨露かな名古屋高 冨田輝
クリスマス(降誕祭)、イースター(復活祭)と並び、キリスト教の三大祝日に数えられるペンテコステは、キリストの昇天後、残された弟子たちに聖霊が降臨し、神の導きを受けたことを祝う日。この後に布教が始まるために、教会の誕生日とも言われる。如雨露から降り注ぐ水の「白」を聖霊に重ねためでたさ。
【人】
書を曝す飢饉の月は欠けていたか和歌山 朋記
曝書の一ページに目を落とせば、飢饉の記録。その赤貧の苦しみに降る夏の月光の赤。満月か、欠けていたか。その想像が、身を当時の時空へ引き寄せる。
【入選】
炎天へ摩耗のとめどなき嘴茨城 眩む凡
冷し中華すする南極崩れゆく東京 桜鯛みわ
爪切りが爪食つている土用かな米国 爪太郎
標識に真白き親子桜桃忌神奈川 岡一夏
ジェイズ・バー探す青年夏の風京都 ジン・ケンジ
星飛んで瞬くように薬の名静岡 東田早宵
夏の海プラヌラに生まれたかつた神戸女学院高 某子
恋文の概論として金玉糖八幡浜 福田春乃
九十の束子にプール磨かれて千葉 平良嘉列乙
六月を呼び止めてから考へる愛媛大 柊木快維
戦争の前の線香花火かな愛知 四條たんし
夕蝉や引つ掻き傷はももいろに東京 長田志貫
夏至の日のレジンに青き気泡かな松前 二宮妃
飛込みや地球は空もある惑星東温 高尾里甫
【嵐を呼ぶ一句】
非正規の日本人です西瓜割り埼玉 東沖和季
非正規雇用の割合は労働人口の約37%。不本意な境遇も多い。「日本人」という帰属に疑問や不安を持つ日もあろう。「西瓜割り」にはその怒りが託されている。だが、無事に命中したとて、手応えは鈍く、すっきりと半分に割れたりしない。皮肉な生々しさがある。