朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2025.06.13

[青嵐俳談]森川大和選

 玄関を上がると正面に障子をはめた棚がある。五月はそこに五月人形。金屏風が南の日を反射して明るい。それを片付けた梅雨は一層暗くなるが、今年は二子の等身大の輪郭を描き込んだ海の水彩画を飾ってある。帰宅すれば海水浴の心地。天井から床まで蛸が泳ぐ。

 【天】

伝記読み終えてトマトの立方体愛知 四條たんし

 例えばサルサソースの具材か。立方体の実の弾力。夏の日に照り輝く明るさ。例えばメキシコの独立戦争の伝記か。植民地支配に抵抗し、自由を求める人々の勇気が、立ち上がるトマトの瑞々しさに通じる。

 【地】

守秘義務の口のつややか冷奴松山   広瀬康

 外連味のない冷奴を律義に切り分けて食べる間は、楚々として口をつぐみ、確かに守秘されている。しかしその「つや」に含みがあり、もの言わずして何もかも語ってしまいそうな心許なさを覚える。

 【人】

鱗剥ぐように付箋を外し初夏松山  近藤幽慶

 一文書き終えた後に、資料の幾冊から持て余すほどの付箋を剥ぐことがあろう。折れ、丸まり、傾いたままひっ付き合い、途中から収拾がつかない。光の中へ飛び散らせつつ、一所に削ぎ寄せる鱗の比喩の妙。

 【入選】

あの南風が瞳に触れてからというもの洛南高    真枝

噴水のみづに遅れて色沈む東京  池田宏陸

ほろほろと夢のほどけて海月かな松山   川又夕

「ビールしかないけど」「なら帰ろかな」「うそ」米国   爪太郎

ホテルより川見下ろせるゼリーかな神奈川   岡一夏

スイートピーきみの文体を知ってる八幡浜  福田春乃

くるぶしに靴擦れのある春浅し徳島文理大   凪の日

卒業やサンチュを巻ける肉の熱大阪 家守らびすけ

羽だったかもしれぬ手に南風愛知県立大   柊琴乃

毛臑もて藜を刮ぎ上げ刑天和歌山    朋記

寂しさやシャッターを押すやうに雷京都大  水野不葎

らしからぬ形の雨の鯉幟京都大院   武田歩

お日さまの血の色をしたパイナップル東京女子大  光峯霏々

夏の雨食へないシリカゲルきれい大阪   葉村直

夏服を着た先生に模擬授業立命館大   乾岳人

ゴム鉄砲もゴムもはだいろ麦嵐東温  高尾里甫

麦秋のカレー煮込める給養員京都 ジン・ケンジ

勝ち逃げと決まる親父の午睡かな愛知 紅紫あやめ

芍薬は咲いてミャクミャクは笑って大洲  坂本梨帆

内職の単価は二円日の盛り静岡 海沢ひかり

 【嵐を呼ぶ一句】

熱帯夜就職代行が居ない大阪   ゲンジ

 代行には運転や家事があった。昨今は自転車で運ぶデリバリーか。墓参りや遺品整理も。果ては離職、企業側の採用まで代行。求職側も求人側も顔を合わせない。就職代行さもありなん。風刺の一句。

最新の青嵐俳談