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青嵐俳談

公開日:2025.06.27

[青嵐俳談]森川大和選

 未明の雷雨に目覚める。窓外は遠く白み、夕立と見紛う。屋根に沿う樋からは水が溢れ、樋受石は滝壺さながら。庭の隅のキエーロから昨年の南瓜の種が発芽している。見事な脇芽を切らずにいる。大きな花が葉の下に揺れながら、実をほんの少し膨らませている。

 【天】

水槽に囲まれてゐる桜桃忌神奈川    ギル

 「囲まれる」には四、五槽は有るか。魚の美しさや野趣に親しむ日々。句では日常の隙間に非日常を掬い取る。水槽に収容された水の鬱屈。太宰治のような生き方はできずとも、人間には時に破滅的な衝動が走る。句は健全。そこから逃げ出したくなっている。

 【地】

戦場の星々のこと蚊遣香三重 多々良海月

 静かな夜の星々の美しさ。その裏腹に、記憶には、身を震わす轟音と、戦地の過酷悲惨な体験が紐付いている。祖父は、語り部は、何を語ったか。語りには、記憶を呼び起こし、再び衝撃を受ける負担がある。覚悟がいる。忘れてしまうものもある。戦後80年の夏。

 【人】

皿を置く音や代田に澱む月和歌山    朋記

 古き佳き日本の田園風景。皿の音は家族の人数分。大皿小皿の賑わいに、農業に勤しみ、疲労した全躯を放つ。青苗を待つ代田の期待感。その何枚もが泥水を張り、澱みを残し、夏の山吹色の月光を照り返す。

 【入選】

黴ひろごるやうに淋しき理解かな神奈川  高田祥聖

毒針を尻に具へて黄蜂の死京都大院   武田歩

心理士にして翡翠を嫌ふなり京都   宇鷹田

荻窪やクリームソーダの底にゐる八幡浜  福田春乃

苺パフェ掘りつつ友は癌のこと東京  桜鯛みわ

花南瓜知恵の輪に鼻寄せあへり兵庫  石村まい

蛇の眼を覗きて蛇の眼となりぬ愛知県立大   柊琴乃

炎帝の水車は影を巻き取りぬ東京農大  コンフィ

木漏れ日の縞目を鳩や半夏生東京  加藤右馬

河童来てクルカカカと啼く夏行かな愛媛大  飯本真矢

梅雨寒や土器に万年前の煤静岡  酒井拓夢

クレヨンの海の濁りや夏の星松山  近藤幽慶

喧嘩した母が網戸を拭いている愛知 樹海ソース

ドアの開け方忘れた叔母の夏帽子青森 夏野あゆね

六月の火を照りかへす犬の舌茨城   眩む凡

交番の窓に守宮や家出の夜京都 ジン・ケンジ

青林檎縁切りにバス乗り換へて東京  長田志貫

変身きゅるるん楠は梅雨入り新居浜 羽藤れいな

鯖鮓は焼きで焼酎はロックで西予  平田球坊

トーブ着る王の護衛はサングラス愛知 紅紫あやめ

 【嵐を呼ぶ一句】

梅雨晴れや過呼吸の我嘘臭く大阪   未来羽

 ストレスや疲労が過呼吸を引き起こすと言われる。まさに休憩休養のシグナルである。それを「嘘臭く」思っては逆効果だが、梅雨晴の気分も相まって、ついついそのように感じてしまう人間心理の危うさ。

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