朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2025.07.04

[青嵐俳談]神野紗希選

 既存の言葉は十全ではなく、足りないところだらけ。とらえきれない現象は刻々と生まれ続けている。言葉を疑い、季語を疑い、それでも「言葉/季語」を自分なりに用いて、新たな今を軽やかに刻みたい。

 【天】

未だ白夜フィブラはうすく絹を噛み兵庫  石村まい

 フィブラは古代ギリシャのころから使われているブローチの一種。スカーフかブラウスか、絹を留めるそのさまを丁寧に言葉で写し取った。白夜の広げる遥かな時空に、「噛み」のかすかな接触が今刻まれる。

 【地】

お好み焼きに夏のおでんがサービスで大分大院  鶴田侑己

罌粟坊主すべての充電をやめたい青森 夏野あゆね

 侑己さん、おでんは冬の季語だが「夏のおでん」も楽しく嬉しい。お好み焼きの賑やかさもあいまって、人間の善なる部分が明るく引き出された。あゆねさん、スマホやパソコン、現代は充電の必要なものばかり。電気から自由になって、罌粟坊主と野の風に吹かれたい…と思いながら、今日も電源コードを探す。

 【人】

はつ夏の職員室にクミンの香東温  高尾里甫

 先生の誰かのお弁当にカレー風味のおかずがあったか。はつ夏の明るさがスパイスの刺激とよく合う。同時作〈卵巣はくぢらのかたち緑の夜〉も、たしかにと頷く発見。目を閉じれば、体内の鯨が新緑を漂う。

 【入選】

ひかうきは不眠をはこぶ旱かな茨城   眩む凡

香水瓶ほどの厚さで隔てたし北海道 北野きのこ

【犬】の語の例に【犬死に】夏の夕愛媛大    悠生

アルバムの平たき粘り朴の花神奈川 沼野大統領

電話鳴るやうに頭痛や雲の峰同  高田祥聖

あんどろいど泣かないでほら蛍だよ東京  池田宏陸

背泳ぎや醒めない夢の中にゐて愛知県立大   柊琴乃

たましひの外殻に添ふ日傘かな千葉  弥栄弐庫

草矢射る敵の味方の敵の敵松山   広瀬康

桟橋のひとより夕立来たりけり東京  長田志貫

五月田のそばに坂道あり下る今治    脇々

郭公の鳴いても眠い空だこと長野   里山子

インディペンデンス・デイ蜘蛛を雨夜へ締め出せり米国   爪太郎

噴水の周期がちがう謝った東京  小林大晟

梅酒瓶揺らす銀婚式前夜京都  佐野瑞季

集落のほろび酢橘の黄の眩し沖縄  成瀬源三

高画素のPDFや夏至きたる西予  平田球坊

零さぬといふ生き方よ夏怒涛松山   川又夕

%って雨みたい炬燵居て神奈川   大地緑

洗ひ髪グラビア雑誌一面に今治   京の彩

粉々にしちゃった、私の涙だった蜘蛛鳥取   曇ゆら

 【嵐を呼ぶ一句】

パンタ・レイ腐草蛍となる朝埼玉  東沖和季

 「パンタ・レイ」とは古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉で「万物は流転する」の意。季語「腐草蛍となる」は、夏草が暑さに蒸れ蛍になると考えられていたことに由来する七十二候。草が蛍となるように、万物は変化し留まらない。無常の本質に迫った。

最新の青嵐俳談