公開日:2025.06.06
[青嵐俳談]神野紗希選
詩とは、独自の記述によって言葉の意味を新たに創り出し、世界を捉え直すもの。言葉を流動的な存在だと捉えたとき、表現の幅は無限に広がる。
【天】
みづおちもなづきもあぢさゐの縁語専修大 野村直輝
螢火の向かう絶滅収容所八幡浜 福田春乃
直輝さん、紫陽花はたしかに臓器的な存在感をもつ花だ。直喩を表現するのに「縁語」という和歌の用語を用いたところに独自性があり、和歌的な濡れた抒情がじっとり滲む。Dの子音を刻みながら旧仮名の質感を漂わせ、音・表記にも神経を届かせた。春乃さん、「絶滅収容所」にひしめくかつての種たちは、蛍のようにぼうっと闇に灯るか。蛍に導かれ、あるいは人間も…。同時作〈綺麗事ほろびミモザがまず消えて〉、ミモザに綺麗事と同質の明るさを見た感覚が秀逸。
【地】
正欲の裏に違欲やこいのぼり宇和島 雨宮鹿男
「正欲」は朝井リョウが小説のタイトルに据えた造語。正しい性欲とは…という投げかけの裏に、鹿男さんは「違欲」=人とは違う欲望の歪を見出した。こいのぼりは男性のアイコン。そのまとう正しさを取り合わせ、強いアイロニーを日にはためかせる。
【人】
多動症たぶん前世は燕である大阪 未来羽
じっとしていられない発達障害の特性を、前世が燕だったからという理由で、ポジティブに転換した。多様な命のありよう、燕もせかせかと空を飛び回る。
【入選】
絶望につま先立ちのプールかな神奈川 高田祥聖
ジェラートの断崖に日の射してゐる茨城 眩む凡
メイクとはかろき鎧や薄暑光大阪 ゲンジ
花蜜柑その樹が生きてさえいれば大洲 坂本梨帆
あいみよんのけだるさとゐてミルクセーキ群馬 西村棗
棒棒鶏に胡瓜の冷えてゐる夏よ愛媛大 飯本真矢
ミサイルは千島桜を過ぎにけり北海道 北野きのこ
煤臭く篩骨は梅雨の蝶を吐く和歌山 朋記
夏の雨碇のように栞さし松山 近藤幽慶
練り切りの影の涼しき懐紙かな同 広瀬康
善の字に多きよこしま蛇いちご東温 高尾里甫
汗とまらぬ許されたいだけの謝罪今治 脇々
洗剤の匂ふ憲法記念の日大阪 宮本隆邦
蜘蛛二匹ユニットバスの端と端沖縄 成瀬源三
ブラータを割るやナイフの涼しそう東京農大 コンフィ
民族を塗り分ける地図蝉生る松山 石川穴空
白玉や地球が少し狭すぎる京都 佐野瑞季
囀や二人で組み立てるドラム京大院 武田歩
寝る前のリセットボタンソーダ水今治 京の彩
欄干の脚に献花を置く立夏愛知 川原亜人
周期性落花生自己同一性京都 宇鷹田
【嵐を呼ぶ一句】
雷の光芒は天使の声帯愛媛大 悠生
体感を伴う幻視。「こーぼー」「せーたい」の音の伸びが、雷を、天使の声を、世界に行き渡らせる。