公開日:2025.05.30
[青嵐俳談]森川大和選
大正2年、若山牧水は故郷宮崎から東京へ戻る途上で岩城島に5日間寄る。滞在先の三浦敏夫の助力もあり、その間に、父の死と故郷や家族との相克に堪えぬ叫びを、第6歌集『みなかみ』に編む。初夏の波に乗り、邸の跡を訪ねる。牧水の死後、島を訪れた妻喜志子の歌が碑に残る。〈わかき身に餘(あま)るうれひをつゝみもちていく日をこゝに宿りましけむ〉。
【天】
やはらかくプラグの刺さる鶉の巣東京 加藤右馬
鳥は人工物も巣材にする。カラスは針金ハンガーを集める。句は何かのコードの先までも。人間の出すゴミを使う哀れもあるが、「やはらかく」と優しく言われると、少し充電されそうでおかしく思える。
【地】
バター箱めいた仏和辞書や穀雨新居浜 羽藤れいな
穀雨は晩春の時候。明るい。晴れた日は薄暑を先取りし、汗ばむ。句は、箱の中のフランス語がバターのように、いつでも溶け出す準備ができている。発話されれば、ますます鼻濁音がかかりそう。
【人】
仰向けの背を夏野いま自転する愛媛大 飯本真矢
空を見る目を瞑れば、風の青さと背の熱に夏野全体を感じ、遂には地球や宇宙を把握する爽快なロングショット。同時作〈欠けていてニケ満ちていて麦の秋〉切れ目を変えて読み、二読目へ循環すれば、欠けていたものは満ち、満ちていたものが破れる。
【入選】
六月のメトロ黄色のスニーカー東京 長田志貫
切り取り線鳴りつつ切れて木の芽風京都大院 武田歩
脱獄の果のひかりの蜂の国兵庫 石村まい
璧瑠璃の玻璃の切り傷しるき初夏専修大 野村直輝
初夏の封書に初列風切羽愛知県立大 柊琴乃
描ききれぬ絵の墓標めく聖五月松山 若狭昭宏
火の記憶たしかに若葉噴きゐたり神奈川 岡一夏
黒揚羽神の不在を告げてをり大阪 ゲンジ
陽炎や鼻差のリプレイの三度大阪大 野村隆志
バーガーの厚み膝には夏帽子岡山 杉沢藍
鈴蘭の一人称をまねてるの大阪 高遠みかみ
春眠のどこまでがほんとうの願い同 未来羽
見つかりし母よ躑躅の燃ゆる中東京 桜鯛みわ
母の日や昼は暗きを夜にゆづり京都 宇鷹田
カンテラは真昼に眠し麦の波神奈川 沼野大統領
母の日のフロランタンの切り落とし京都大 水野不葎
春星や海の下書きだった空京都共栄高 昊明
箱庭の窓といふ窓夕茜埼玉 伊藤映雪
葉桜やあっという間に辞めた人長野 川端芙弥
夜鷹啼く異端審問する如く松山 広瀬康
【嵐を呼ぶ一句】
ネモフィラやCPAP入つてゐる鞄愛媛大 悠生
CPAPとは睡眠中の呼吸障害を防ぐ治療。句はその携帯用機器。出先で見たネモフィラの青さが、穏やかな眠りを与えてくれるかのように鮮やか。