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青嵐俳談

公開日:2025.05.23

[青嵐俳談]神野紗希選

 越してきた冬、玄関先に植えたレモンの木。4回目の5月を迎え、やっと花を咲かせた。結実を期待しつつまずは、ももいろ差す白の清らかさに見とれる。

 【天】

剥製の鳥かわきゆく日永かな愛知県立大   柊琴乃

 生きた肉体は濡れて重たく、反対に乾けば乾くほど剥製は命から遠ざかる。日永の疑似的な永遠に剥製の時間も加わる。同時作〈人は罪鳥は翼を負う孟夏〉〈噴水のはじまる匂い人類史〉も命と人類に迫った。機知と感覚を融合させ、大いなる主題を描き得た。

 【地】

クマリの指涼しく触るる額かな三重 多々良海月

みづうみに焚火ヴァルプルギスの夜名古屋高   冨田輝

 海月さん、クマリはネパールの生き神の少女。幸運をもたらすため、群衆の一人の額に触れた。季語「涼し」にクマリという存在の虚が匂う。輝さん、ヴァルプルギスの夜とは、4月末日の夜に行われるヨーロッパの祭。湖に焚く火が、原初の畏怖を呼び覚ます。

 【人】

パレットに沖や筆先より夏めく愛媛大  飯本真矢

訣れかな青野に汝のこゑを伏し静岡  酒井拓夢

 真矢さん、沖を描く筆先には、光景があり、意志が宿る。沖の青を手中にし、描く筆が夏を始める。拓夢さん、本や手紙を伏せるように青野に伏せた君の声。別れたのちも、また青野へ分け入れば、いきいきと聞こえてくるだろう切なさ。同時作〈手紙だしそびれてゐたるゼリーかな〉にも現在性が震える。

 【入選】

大江健三郎忌の半額の鶏の足和歌山    朋記

左側通行夏風邪になるけれど今治    脇々

帯紙の裏はまつしろ夏の蝶茨城   眩む凡

新刊に未来の日付濃紫陽花松山  若狭昭宏

超新星爆発ごうなそこらぢう洛南高    真枝

フランシス・ベーコンの忌の大欠伸松山  近藤幽慶

朝寝せし君よラング・ド・シャ食うか新潟  酒井春棋

紫陽花や光源となるメロンパン松山   川又夕

天国での遠足は犯罪です京都共栄高    昊明

柴犬の口角憲法記念の日八幡浜  福田春乃

芥漁る憲法記念日の鴉東京  桜鯛みわ

輪廻こわい?輪廻こわいよフリージア兵庫  石村まい

操り人形めいて眠れる初夏の吾子長野   沢胡桃

黒板の波動関数薄暑光京都 ジン・ケンジ

夫婦別姓赤躑躅白躑躅神奈川  高田祥聖

卒乳し三年振りの酒日永岡山   杉沢藍

ムスカリや双子ただちに見分けられ北海道   爪太郎

じゃこ天をかじる立夏の顔合わせ松山   広瀬康

原付のまま船に乗るアロハシャツ兵庫 染井つぐみ

傲慢なラクダは川床で寝る未来松野  雨宮鹿男

友入れて狭くなる傘夏近し埼玉  伊藤映雪

 【嵐を呼ぶ一句】

夕焼や課金をし続けて生きる大阪   ゲンジ

 ゲームなどのサービス追加によく使われる「課金」の語。考えてみれば、電気や水道、家賃や食費だって課金だ。課金「し続け」なくては終わる、現代社会の生の即物的な在りよう。夕焼けは今日も繰り返す。

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