公開日:2025.04.18
[青嵐俳談]森川大和選
起きたらまず庭に出て、日を浴び、草木を見歩く。百を超すロゼフローラの蕾が開く日々。藤や紅葉の若葉が日に透けている日々。葡萄の葉芽が綿毛の中に立ち上がる朝。雨後、花芯を濡らす薄い青紫のケープマーガレットの一輪に、春アゲハが凍える。触れても逃げない。日に翅を開閉し、しきりに光るあどけなさ。
【天】
ドーナツの穴と春樹と春愁京都 ジン・ケンジ
村上春樹の描く虚実の浸潤、喪失や孤独等と「ドーナツの穴」が合う。虚は穴か、ドーナツの方か。孤独は穴が開くからか、他が残るからか。こんな「春愁」ならば美しく、心地よく、浸ることができる。
【地】
ことごとく蟲の魂魄夜の連翹和歌山 朋記
「魂」は精神を司る陽の精霊、「魄」は肉体を司る陰の精霊。蟲の死後、または蟲以前の何かの「魂魄」が漂い満ちる連翹の夜。夜明かりの黄色い花々が、蟲々ならぬ蟲の残り香や蟲へ成る混沌と引力を交わす。
【人】
凍解を祝うモンゴル相撲かな米国 爪太郎
モンゴルでは根強く、今もモンゴル相撲「ブフ」の文化が残る。心身の鍛錬以外にも、日本の相撲の奉納のように、天や祖先に捧げる意味合いがある。「凍解」の祝いの中に、敬愛と感謝、喜びと矜持がにじむ。
【入選】
心臓も夢を見てをり春の星東京 池田宏陸
開く力ください椿に触れてみる長野 沢胡桃
わたくしをめくれば朧月夜かな東京 桜鯛みわ
海牛に縋るに丁度良き春夜同 長田志貫
切株に杉の香のたつ春月夜京都大院 武田歩
躍る手は浮世の町へ花吹雪静岡 東田早宵
火葬場のドゥアー静けし霾夕焼神奈川 沼野大統領
アンティキティラの機械めく白魚掬う神戸大 石崎智紀
佐保姫に学ぶナチュラルメイクかな松山 広瀬康
夏近しハングル文字のラブレター同 石川穴空
一円玉の無力なおもさ遠雪崩愛知 樹海ソース
霾や隙間の多き吾の体東温 高尾里甫
王族のごとき雄蕊や落椿茨城 眩む凡
麗らかや肩を占領するインコ大阪 未来羽
青麦やリュックにぺしやんこの菓子パン同 葉村直
錆び切つてゐる納税期のホチキス埼玉 伊藤映雪
書架は森すべての樹下に春の鹿愛媛大 飯本真矢
ピカソの名焼かれし野にて詠唱す東京農大 コンフィ
三月尽傘忘れている左手の今治 脇々
凍解を校則通りの靴下で北海道 北野きのこ
竜天に登りてバッダコナーサナ新潟 酒井春棋
【嵐を呼ぶ一句】
ピーマンの種もスペースデブリです千葉 弥栄弐庫
無造作に捨ててしまうピーマンの種。実際は栄養価が高く、調理法もある。句は軽妙な俳味を裏返し、増加する宇宙ゴミの責任問題へ意識を向けさせてくれる。