朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2025.05.16

[青嵐俳談]森川大和選

 東京からの句友を囲み、惜春の大三島を巡る。大楠若葉の大山祇神社宝物館。どんどん進む彼から遅れ、刃文に見入る。湾(のた)れの美。匂いに沸出来(にえでき)。鎧数々。威(おど)し編む糸の紅白。紫に藍。萌黄。花桐を抜け、ニセアカシアの伊東豊雄建築ミュージアム。中二階のロフトへ。円弧の大窓から、彼と二人、凪の瀬戸内海をただぼんやりと眺め続ける。

 【天】

青嵐タルチョ引きちぎらむと吹く三重 多々良海月

 タルチョは厄災を退け、幸福を願うチベット仏教の祈祷旗。「天風火水地」を象徴する青白赤緑黄の五色。寺院や山の高所になびかせる。祈りは風に乗って世界へ広まるという。句は日本の青嵐。縁起が良い。樹々をみなぎる風に託し、日本からも平和を祈る。

 【地】

法服の裏地にしたし白躑躅東京  桜鯛みわ

 法服は裁判官等が法廷で着るマント。何物にも染まらぬ黒。本来の裏地を知らないが、そこに琉球躑躅の白が所狭しと咲き膨らんでいたら何と素敵なことか。冷静沈着な眼の奥に、豊かな人間味が垣間見える。

 【人】

リラ冷や馬の代はりに泣くジョッキー大阪   ゲンジ

 北海道における初夏の寒の戻りを「リラ冷え」という。札幌競馬場の一景か。歓声と共に馬券が空を舞った後、勝った騎手へのインタビュー。涙は、馬の引退か。奇跡の復活劇か。一頭に物語。関係者にドラマ。

 【入選】

リラ弾きと歌詠み鳥の秘密基地一ツ葉高    とき

すずらんが宇宙をすこし借りてゐる東京  池田宏陸

赤ん坊の舌裏に筋春嵐長野   沢胡桃

遠足や素掘りのトンネルで歌を大分大院  鶴田侑己

新社員口伝されしを口伝せり大阪   葉村直

春雲に覆はるるこの駐車場同 土井あつあげ

鳥交る有給休暇喪失日東京 阿部八富利

排ガスに蕊の触れ合ふ躑躅かな松山  一色大輔

さつきまでましまろだつた春愁八幡浜  福田春乃

花菜雨カプセル剤は胃にひらき茨城   眩む凡

母の鬱重たし夜の百合匂ふ埼玉  伊藤映雪

春愁泡閉じ込むる落とし蓋大阪 家守らびすけ

八重桜どっと下がりし基本給大洲  坂本梨帆

ロボットに通路譲れり夏隣静岡  酒井拓夢

ぼくは石きみは隕石大花野愛知 四條たんし

アネモネやアンチテーゼを唱えだす東雲女子大  田頭京花

薊手折るこころ埋めて尽くしてね松山 板尾奈々美

関税と蜂をなんとかしてください新潟  酒井春棋

 【嵐を呼ぶ一句】

春灯や生前葬のために笑み神奈川  高田祥聖

 季語に華や艶。女性か。遺影ではないが、式に飾るための渾身の一枚。本気の撮影である。参加者に直に感謝を述べられる生前葬。もてなしの細部にまで魂が籠る。式は自分らしく、式後は、より自分らしく。

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