公開日:2025.04.25
[青嵐俳談]神野紗希選
玄関先の木香薔薇が満開だ。数年前、白いのを注文して植えてもらったのだが、咲いた花は黄色だった。店に連絡するか悩んでいたら、息子が「いいじゃん、僕、黄色好きだよ」。そうだよなあ。もう根を張り生きている命、偶然うちに来たのも何かの縁か。思い描いていたより黄色い春を、今年も眩しく見やる。
【天】
子宮復古地球に引っ張られてる春長野 沢胡桃
鈴蘭水仙ミシンの清潔な運動茨城 眩む凡
沢胡桃さん、〈産院のノックひそやか苺食ぶ〉〈産褥のベッドは舟だ春の星〉と合わせ出産の現場を体ごと詠んだ3句。拡がった子宮が産後に元の大きさに戻る子宮復古、下腹部に響くこの力を地球の力と見た。再生の春、おおらかに大地と結びつく。眩む凡さん、S音の繰り返し、清潔な言葉の韻律、静と動の止揚。
【地】
ぶらんこの鎖を捩る人類史和歌山 朋記
ぶらんこは遊具だが、人類史と配合されると「鎖」の字に奴隷制をはじめ様々な歴史の「捩れ」が仄めかされる。同時作〈花過ぎの砂に刺さっている耳鳴〉の桜の残響も、ざらざらと心に刺さる。
【人】
湯豆腐の脳より硬くくづれけり埼玉 東沖和季
星に熱花は胴より咲き初むる福岡 横縞
和季さん、脳と比べたことで、湯豆腐がこの世界をはみ出す異物としてひととき生の感覚を揺り動かす。湯豆腐(おそらく木綿)の崩れる感覚のリアリティ。横縞さん、天の星か、地球の熱か。胴から噴く桜の花に大地から沸き起こるエネルギーを見た。
【入選】
籠に土筆満たされ能登の夕暮れは京大 水野不葎
トイレットペーパーに芯無き四月東京 加藤右馬
斑雪野やラスコーリニコフの斧北海道 北野きのこ
映画館すこし深海っぽい朧大阪 未来羽
白き日曜日のボタン掛け違ふ東京農大 コンフィ
犬は影より花影へ入りにけり愛媛大 柊木快維
夏近し地層のごとき食器棚大阪 葉村直
蹄鉄のゆるりと沈む春の土京都 佐野瑞季
初当直果てて朝桜を帰る愛知 磐田小
ハンガーを買い足す頃の雀の子東京 長田志貫
花房の割り込むフォーを待つ長蛇松山 岡崎唯
さそりさそりノートを写す自習室高田高 あこせみ
台湾の甘き緑茶よ春の月東温 高尾里甫
春雨やアンモナイトの眠い渦東京 桜鯛みわ
自閉症啓発デー青の途上としての空千葉 平良嘉列乙
書く文字は絵馬に吸はれて山桜京大院 武田歩
春光や校舎の傍の捕鯨砲京都 ジン・ケンジ
春風やひかりはかえさなくていい東京 池田宏陸
うどん屋の暖簾重くて水温む松山 ゆゆゆ
噛み合はぬ憲法記念日のトング三重 多々良海月
【嵐を呼ぶ一句】
ながい闇ソメイヨシノの列の裏今治 脇々
夜の桜並木。ソメイヨシノの白さの裏に、長く連なる闇を見た。桜から闇へ視点をずらし、さらに「ながい闇」と把握した感覚が鋭い。この「ながい」は空間であり、同時に時間的な永さでもあるのだろう。