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青嵐俳談

公開日:2025.05.02

[青嵐俳談]森川大和選

 村上海賊の見張り台があった梶取ノ鼻へ。光る沖。遠浅の翡翠色。途中、海中鳥居の傍で干潮の磯へ降りる。汐溜りに目を凝らす。深場は口の開いた磯巾着。浅手は大小ヤドカリの国。渚に幾十、タマシキゴカイの卵塊。岩に点々、饅頭ボヤ。岩の裏には珊瑚まで。

 【天】

つちふるや自我は何番線を行く静岡  東田早宵

 大きな駅はJRに私鉄、地下鉄等多くの路線が乗り入れる。乾く風。黄砂のざらつき。鳴りわたる発車の合図。反響し、耳の奥に渦巻く。気の遠くなる、ある飽和点に達するとき、ドッペルゲンガーが起こる。「私」から、一人、また一人と遊離し、列車に乗って、どこかを巡る。「私」は本物か。本物の「私」はどこか。

 【地】

生前の熟寝に水の温みけり神奈川  高田祥聖

 熟寝(うまい)する生前の自身を、俯瞰する「私」の居所とは。水の温さは三途の川か、桃源郷か。現在と生前の実感が交錯する心地よいあやしさ。

 【人】

炎天のモザイク通過するラクダ松野  雨宮鹿男

 これも不思議。炎天下の、ある心拍や呼吸のときに現れる「モザイク」の視界と、そこを横切る「ラクダ」の存在。日常の境界面に、魚のように虚構が跳ねる。

 【入選】

花の唄声なき声は風に溶け大洲  坂本梨帆

脳もまた臓器のひとつ花筏八幡浜  福田春乃

着岸のごとき抱擁春一番大阪   未来羽

麦笛や国境のなき時代まで松山   広瀬康

にほひなき電子書籍やつばくらめ大阪   ゲンジ

長針の奥に短針抱卵季茨城   眩む凡

倒れたる立て札覆ひつくす花大阪   葉村直

練り切りに小さき渦や水の春愛知県立大   柊琴乃

紅白のこけしの並ぶ春障子東京  加藤右馬

菜の花や河の孤島を咲き尽くし同 阿部八富利

延命の是非問われたる春日和静岡 海沢ひかり

あるときは花びらになって君のそば長野   里山子

春空の大らかなれや誕生す同   沢胡桃

安航へ掲旗し合へる南風かな三重 多々良海月

菜の花や壊れし町を金継ぎす東京  桜鯛みわ

毒消売友の分まで売り捌き東京農大  コンフィ

翼竜の傷うつくしき春の夢兵庫  石村まい

人魚の卵漂ふ湖面おぼろ月京都 ジン・ケンジ

もちもちの麺で桜が飛んでゆく大分大院  鶴田侑己

あの人の前世は椿だと思う広島  玉本悠真

春愁がスーツ被つて笑つてる千葉 平良嘉列乙

 【嵐を呼ぶ一句】

サウザンドアイランドドレッシング的な春東京  池田宏陸

 その色こそ春。ケチャップの甘みの後に、レモン果汁、ピクルス、玉ねぎの酸味、そしてペッパーの香が一度に立つ。その刺激こそ、芽吹き、さえずり、産卵する春の、生命を押し出す、たった一時の濃度。

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