公開日:2025.04.11
[青嵐俳談]神野紗希選
新学期前夜に「あー、明日きんちょうする!」と布団でごろごろ転がる息子。「どれどれ」と胸のあたりを触ったら、本当に心臓がどきどきしている。言葉より何より、手に触れた鼓動こそが真実。
【天】
アスパラの青の浮力や恩師の死愛媛大 岡崎唯
生きる上で大切なことを教わった先生の死。天へといきいき尖るアスパラが、喪失のこちら側に続く生の時間を思い出させる。同時作〈いくつかの孤独の孵化や春の星〉〈さよならの風の温さのネーブルよ〉も、孤独と離別を自分の感覚と言葉で受け止めた。
【地】
空は青を小鳥は春を暗唱す専修大 野村直輝
沖合を持たぬ水槽春の雨愛知県立大 柊琴乃
直輝さん、春の彩りを詩のしらべに乗せた。何も参照せずとも、おのずから空は青を張り、小鳥は春を寿ぐ。琴乃さん、水槽に沖合がないのは当然だが、あらためて言語化されると、水槽の水の鎖された寂しさが見える。春の雨が、水槽と沖合を水の気配で繋ぐ。
【人】
卒業のペプシにファンタ混ぜられる今治 脇々
神さまのとなりでちぎる春の雲静岡 東田早宵
脇々さん、この悪ノリも今日まで。「やめろよ」と騒ぎつつ、心の奥はキュッと切ない。早宵さん、こんな春の午後、過ごしてみたい。同時作〈菜の花を数える不眠引き当てて〉も感覚が冴える。菜の花の明るい黄に目が覚めて、いよいよ不眠が深まりそうだ。
【入選】
地を打ちし椿一瞬ゆがみけり茨城 眩む凡
牛頭馬頭の散らせし骨のごとく藤和歌山 朋記
凍緩む囚人道路の傾斜かな北海道 北野きのこ
記憶とは当て字のようで桜咲く松山 近藤幽慶
啓蟄や吾に尾骨もみづかきも愛媛大 飯本真矢
春の夜や己が地獄の中眠る今治西高 山田章太朗
春暑し地獄の空に雲はなく大阪 未来羽
のあ、わたしたちの街が春の海だよ東京 いけだひろむ
ルービックキューブ七面揃ふ春の夢京都 片眼三銃士
目刺食ふ我らに天国はあるか神奈川 高田祥聖
春光や腹の子が腹波打たす長野 沢胡桃
古草や履歴書に貼る上っ面静岡 海沢ひかり
花曇ギリシアの柱頭に渦松山 一色大輔
保護犬の頭に傷のある四月愛媛大 悠生
鳩も春あんぱんが餡まで遠い京都大 転々
夕暮れのシャッター街のミモザかな東雲女子大 田頭京花
桜餅片手にボールペン習字東京 加藤右馬
朧月川辺に眠る猿の群れ沖縄 成瀬源三
しゃぼん玉5パー配合ぱじゃま邪魔松野 雨宮鹿男
しろきいうれいあふぎをるしろき花三重 多々良海月
【嵐を呼ぶ一句】
元カノのベビーカー押す納税期松山 石川穴空
どういう流れで元カノのベビーカーを押すことになったのか。他の誰かとの子どものために自分の労力を費やすことが、納税という社会還元-直接関わりのない誰かを支える-の本質と案外イコールなのかも。