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青嵐俳談

公開日:2025.04.04

[青嵐俳談]森川大和選

 昨冬に息子が野外体験に参加した。「きうり封じ」で有名な世田薬師(西条市)の奥へ入山。世田山から笠松山へ二つの山頂を繋ぎ、古墳群の残る野々瀬(今治市)へ下りる約4キロのハイキング。この身近なコースが1週間を越える山林火災の現場を縦断する道程であったと恐怖する。我が家の庭からも炎が山の稜線を越えて来るのが見えた。夜通しの雨のおかげもあり、3月28日に延焼阻止宣言、31日には鎮圧宣言が出され、避難指示も全て解除された。ようやく安堵する。

 【天】

薔薇の首沈めて馬は発火せり和歌山    朋記

花冷の夜を幾万の不在票茨城   眩む凡

 一句目は呪術的で耽美的な感性。薔薇は手折るしぐさか。手も傷つく。馬の発火はモンタージュ映像のようで、痛々しくもレトロで懐かしい。薔薇と馬の間に痛みを置換するシュールな因果律を描く。二句目は万朶の花片も無数の不在票も同じく冷えて共鳴し、呼応する。折れや丸みの残りやすい紙質が孤独に合う。

 【地】

水の春耳孔に耳かきのひかる京都 片眼三銃士

 耳かきの先に発する蛍光に、春光を乱反射する水の大地を連想する発想の豊かさ。季語に安定感あり。

 【人】

ああなんて半裸なんだろ春ともし今治   京の彩

 春の灯下に己の半裸をまじまじ見る。自己存在の生々しさを良くも悪くも客観視する。嘆息には受容も。

 【入選】

臓のごと蜂蜜出づる春の朝京都大   武田歩

春一番吹けよ胎児よ下りて来よ長野   沢胡桃

幼子の底より菜飯混ぜにけり東京農大  コンフィ

旅の日を風船のごと待つてゐる京都大  水野不葎

花冷や蔵王権現真青なる三重 多々良海月

崩したる梁で焚く湯屋冬の海東温  高尾里甫

雨氷来るうどんが船の自販機に大分大院  鶴田侑己

鍵穴に鍵の一途や百千鳥神奈川  高田祥聖

春月や船に平積みなる聖書大阪   葉村直

抱卵期愛され方を覚えつつ東京  池田宏陸

信じればすみれも蝶になるだらう大阪 宇都宮駿介

春愁はバターナイフで切り分けよ愛知県立大   柊琴乃

ここからここまで春星をください松山  近藤幽慶

舗装路の金継ぎとして明の雪埼玉  東沖和季

青き踏むバービー人形に義足米国   爪太郎

すべり台いまは燕の支配領愛知 樹海ソース

春ショールまくりこぶしを効かせたり沖縄  成瀬源三

水温む追伸以降踊り字に東京  加藤右馬

エイプリルフールの記事の句読点松山   広瀬康

蜜柑剥く少女も変声期のあって愛媛大    悠生

春の水おまえは鏡ではないよ伊予    智隆

風船は愛憎そつと萎みをり静岡 海沢ひかり

 【嵐を呼ぶ一句】

考試院の細きベッドや蘖ゆる静岡  酒井拓夢

 「考試院」は韓国の簡易宿泊施設。学生が多い。厳しい暮らしの中に、樹木の根や切り株に生える新芽の「蘖(ひこばえ)」を見つけた喜び。共感を呼ぶ海外詠。

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