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青嵐俳談

公開日:2025.03.28

[青嵐俳談]神野紗希選

 イスラエルの戦争開始以来、ガザ地区の死者数が五万人を超えたという。そのうち一万五千人以上が子供だとも。遊び疲れて眠る我が子の髪を撫で、この子はたった一人だと愛しむ。その「たった一人」が一万五千、永久に失われた。夜の端で、途方に暮れる。

 【天】

アカシックレコード湯豆腐を崩す静岡  東田早宵

 アカシックレコードは、宇宙誕生以来のすべての記憶が記録されていると考えるスピリチュアルな概念。湯豆腐との意外な配合が活きた。世界は湯豆腐のように脆く崩れ、微光の中に残像として記録されるか。

 【地】

補充されゆくわたしたちさくらの夜兵庫  西村柚紀

地震の夜の痛点としてたんぽぽは和歌山    朋記

 柚紀さん、「わたし」が使えなくなったら新たな「わたし」が補充され…。「補充」という把握に、代替可能な存在として扱われる「わたしたち」の、現代のあわれが濃く匂う。桜もまた多くの花びらにより成る。その花びらは、散れば二度とは戻らない。朋記さん、夜のたんぽぽの黄に痛みを見出した。大地にへばりつく咲き方も「地震」と神経が結びついていそう。

 【人】

雛飾り代理母より届きたる神奈川  高田祥聖

道徳の擦り減る街に黄水仙同   ひなこ

 祥聖さん、代理母の愛の重み。雛飾りが社会問題を身近に引き寄せる。ひなこさん、道徳を「擦り減る」と形容したことで、ちびてゆく街のすさみようが体感できる。黄水仙の明るさが救いとも開き直りとも。

 【入選】

流氷や刑徒の詩集三百巻北海道 北野きのこ

春愁を噛んで重たき抽斗か三重 多々良海月

フィクトセクシャル風船へ息てふ意識埼玉  伊藤映雪

あなたを愛しているけど少しむつごろう東京  池田宏陸

黒鍵は台形である初蝶も大阪大  野村隆志

天使いま爪を切りしか春の雷東京  桜鯛みわ

ソメイヨシノ無限のifを否定して福岡    横縞

雛飾るミニマリストの並べ方今治   京の彩

監獄の高きに窓や暖かし大阪 宇都宮駿介

大陸へ朝の延びゆく桜かな名古屋大   磐田小

ごめんねの少し早口梅の花京都大  水野不葎

こぶし膨らんであしたもここにいる大洲  坂本梨帆

私は不死がこわい春暁のスープノートルダム清心女子大 羽藤れいな

あたゝかく石嗅ぐ犬を待つてをり静岡  酒井拓夢

永き日のなるべくいい匂いでおいで今治    脇々

春の雷ペパロニピザの脂濃し東京農大  コンフィ

生ハムを咥へて薄し花の雨大阪   未来羽

春光や元スイマーの分厚き手新潟  酒井春棋

旧友の愚痴ガーリックパン長い大分大院  鶴田侑己

春かたまけて瞼てふ小さき丘東温  高尾里甫

 【嵐を呼ぶ一句】

ドラえもんのび太の涅槃図大冒険東京 阿部八富利

 動物もたくさん出てくるし(ドラえもんも猫だし)、涅槃図の世界観はドラえもんの映画シリーズとも親和性高いのでは。季語と現代の邂逅が生む諧謔。

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