公開日:2025.03.21
[青嵐俳談]森川大和選
キャベツ大の白土を打ち下ろす。音立て手早く、煩悩払うかのごとく、両の掌に叩きに叩く。台上の錐。撫で濡らす。ろくろを働かせ、母指球を当て、頂上を押し込むや、また、両手の側面を用い、掬うように中心へ挟み上げる。持ち上げずとも、逃げ場を失った土は自ずと持ち上がる。軸の太い茸の姿を経て、掬い切れば柱へ収まり、芯が立つ。この上下の反復。まるで生き物の伸縮。悶絶の相。「土殺し」たる名の所以。
【天】
ヘッドフォン震わす啓蟄のレゲエ米国 爪太郎
「啓蟄」を「レゲエ」でフックした面白さ。緩やかなリズムの中に、引っ掻くように弾くギターの短音が、冬籠りの土から這い出す虫の爪の動きや息遣いに重なる。そんな陽気な奴もいるよなと笑わせてくれる。
【地】
火の色に塗られエケコの煙草も春神奈川 ギル
エケコはインカ帝国に由来する南米の福の神。何でも願掛けをする。ニット帽を被った髭の男性が口を開けていて、どこか滑稽味がある。好物の煙草をくわえさせて供える。句は作り物の煙草までセット。春の訪れをストレートに喜ぶ、異国の明るさ。
【人】
友引を縦に割られた馬糞海胆和歌山 朋記
この季節、産卵前のバフンウニは美味。「友引」がおかしい。それは次々生け捕りにされるはず。海鮮丼かパスタか。同時作〈文学少女達すべて酩酊の金縷梅〉もマンサクへの落とし所が、さっぱりした俳味。
【入選】
皿を汚す半熟の黄身卒業す大阪 ゲンジ
恋人にするなら春の夜風だね千葉 平良嘉列乙
貝寄風や切り札はシザースステップ愛知 野村斉藤
水取の闇に片設く火の鱗神奈川 沼野大統領
身体・口・こころ朧に近づく夜埼玉 伊藤映雪
右耳に潰す春の蚊滲みたり同 東沖和季
春光のうるさき不登校初日京都 佐野瑞季
チューリップそれとも思想調査官八幡浜 福田春乃
まだ陸に暮らして春の月の呼気静岡 東田早宵
春愁のどこかに銭湯のロビー茨城 眩む凡
春闇を三角錐に切るしごと大阪 高遠みかみ
大雪のエンドロールはまだ来ぬか新潟 酒井春棋
つんつかつんつか梅が登つてゐる千葉 弥栄弐庫
三月のおひさまきみもパパゲーノ大洲 坂本梨帆
恋はもう切捨てニラのお好み焼き大分大院 鶴田侑己
胸肉を叩くやバレンタインの日北海道 北野きのこ
そのものの火に肉をくべ二月尽今治 脇々
春聯の紅絹色づくし南京町長野 沢胡桃
【嵐を呼ぶ一句】
終活の浪人として草餅食ふ松山 若狭昭宏
遺言や相続等、残すものは残し、残りは断捨離して余生を自分らしく生き抜く「終活」。その「浪人」という把握が深刻でなくて面白い。まだお若いのだろう。終活に入る前の未練を満喫している模様。