公開日:2025.03.14
[青嵐俳談]神野紗希選
明後日は青嵐俳談大賞の表彰式だ。産まれた言葉を共有し、さらに深めてゆくため、合評会も実施する。それぞれの「私」が作った俳句を、「私たち」の言葉として受け止め、ともに読んで広げたい。
【天】
鏡とは光の化石春彼岸東京 池田宏陸
姉の歌だけが焼野を泳ぎきる和歌山 朋記
宏陸さん、鏡を「光の化石」と見たポエジー。喪った誰彼を思えば、眩しい春の光に、かつて生きていたものたちの気配が寄せる。同時作〈花の雨肉体に死はひとつ棲み〉も死生観に向き合った。季語が後半のフレーズを肉体化する。朋記さん、焼野を響く姉の歌。「泳ぎきる」の動詞の選択に切実が宿る。同時作〈言葉とは濁流なりき白木蓮〉も独自の定義が光る。
【地】
細胞のねりりとわかれたる雨水愛知県立大 柊琴乃
「ねりり」が絶妙。雨水の字面とあいまって、湿度やぬめり、柔らかさが伝わる。細胞は分裂し、増殖する。命が膨張する春の始まりをミクロに捉えた。
【人】
残像は質量を持ち花ミモザ東京 加藤右馬
祇園四条白梅薄からず匂ふ大阪大 野村隆志
右馬さん、残像にも質量があるならば、それが「在った」と信じられる。ミモザも揺れ、重たく残像に。隆志さん、「薄からず」の措辞に気分が出た。「祇園四条」の字余りの入りも仄かな昂ぶりが出て佳い。
【入選】
春の鳥まだ死刑とかしてるんだ神奈川 高田祥聖
とり天の重さソーダの軽さかな大分大院 鶴田侑己
欲しきものあればすぐ啼く仔猫かな松山 川又夕
雪虫やたちまち夜はなまくらに東京科学大 長田志貫
ライラック仕事は始めれば終わる大阪 未来羽
白鳥引く軟膏をまぶたに少し静岡 東田早宵
春空の玲瓏として寂しがる神奈川 ギル
なくなつた視力が春の夢とある千葉 弥栄弐庫
新星のポートレートに光る風今治 京の彩
雪鳥の羽ばたきは火の死せるおと愛知 樹海ソース
歩行器のテニスボールに春兆す静岡 海沢ひかり
夜練や大福の苺ぼってりノートルダム清心女子大学 羽藤れいな
ソイパティに蒟蒻ありて春兆す八幡浜 福田春乃
聞きかへすマスクずらしてくれたけど今治 脇々
早春や湿布を剥げば白き脛京都大 武田歩
ねじ巻きの錻力の我ら雪の果松山 広瀬康
助手席のグミ食む君へ山笑う同 石川穴空
生きてるね生きてね東風は強いけど大洲 坂本梨帆
鍋底のバタ溶けるごと卒業す米国 爪太郎
創造的絶望春の灯のむこう兵庫 西村柚紀
バビルサの瞳よ冬天へ翳す手よ大阪 ゲンジ
脳内を旋回してる 春一番清泉女子大 よっちゃん
【嵐を呼ぶ一句】
冬菫の姿勢じゃ恋文が書けない東温 高尾里甫
たしかに冬菫は、俯いて、誰かに思いを伝えようとする積極性はなさそう。と同時に、大事に恋心を育てていそう。口語の新たな構文を導き出すことで、恋という普遍のテーマを、現代の新しい詩に昇華した。