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青嵐俳談

公開日:2025.03.07

[青嵐俳談]森川大和選

 防災やキャンプ用の技能講習会に参加する。ブルーシートで即席のテント張り。身体尺の目測でロープや竹の支柱を切る。一角のハトメの穴を支柱の頂点に引っ掛け、対角をペグで地面に固定する。頂点に巻き結びをしたロープをペグと反対方向に左右に開き、トートラインヒッチで調整する。完成間近に春時雨。逃げ込む中の仄明かり。雨音の軽さ。うずくまる高揚感。

 【天】

とりけものふつりとかげをたずさへ春京都大  水野不葎

 「ふつり」は何かが途切れる様。この擬態語が奏功した。切れそうで、落としそうな「影」を辛うじて携えながら、春の生き物、鳥獣虫魚、草木花が、その生を謳歌せんと始動する純白の活力を豊かに書き取った。春光を射し通す平仮名表記のブラインドが心地よい。

 【地】

通勤急行一人静の林過ぐ埼玉  伊藤映雪

 朝夕のラッシュ時のみ停車駅が増減する通勤急行。速く合理的な現代社会の記号である。それとは隔絶され、「一人静」が楚々と群れ立つ。名の由来となった美しき静御前が、頼朝の追手を逃れ、義経と共に身を隠した吉野山の霞へ、イメージが連綿と繋がる。

 【人】

涅槃なり胡座やうやく痺れきて松山  近藤幽慶

 胡坐(あぐら)が痺れるころには、腰も痛かろう。横になるほかない。まるで涅槃(ねはん)像。想像のさせ方が上手い。言い切らず、俳味を導き出した。

 【入選】

空瓶に落とす吸殻春の月大阪    電柱

純白の点字の頁春の海三重 多々良海月

リクガメの舌みづみづし春の草千葉 平良嘉列乙

仲違ひしてそれぞれの春灯下大阪   葉村直

古雛の欄間の鶴に見飽きをり東温  高尾里甫

本の帯脱がして街は春浅し松山   広瀬康

未読スルーは既読スルーへ簾貝米国   爪太郎

知恵の輪のしいんと外れ落つ椿神奈川 沼野大統領

ガーネット守る遺跡や春の雪香川  細川鮪目

冬銀河みんなデスポーズで見上ぐ愛光高  飯本真矢

王の名を思い出せなかった 落葉愛知 樹海ソース

餃子まだ足を持たない春の月静岡  東田早宵

恋猫と岬のホットドッグ屋に大分大院  鶴田侑己

ハイハット三ミリ開けて遅き春神奈川   ひなこ

春の雪裸電球より孤独長野   里山子

風車多き故郷を立ち漕ぎす大阪   未来羽

肉体に閉じ込められている花野秋田  吉行直人

明日から産休残雪の朝よ長野   沢胡桃

美容師の推しのねり梅春の昼新潟  酒井春棋

愛の日やいつしか父が父に買ひ名古屋大   磐田小

臆病にURL冬銀河西予    えな

 【嵐を呼ぶ一句】

木蓮や社会は檻で檻は楽で静岡 海沢ひかり

 社会構造を「檻」とメタ認知する智者は、この「楽」を是とするのか。今にも鳥の姿に戻り、飛び立たんとする「木蓮」の花の白は、その自由を諦めていない。

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