公開日:2025.02.21
[青嵐俳談]森川大和選
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館を訪ねる。入口に「マルレ」特攻艇のレプリカが展示される。その任に就くはずだった暁部隊の少年兵たちが、原爆投下直後の広島市内で救護に当たった壮絶な証言VTRが、企画展の大型スクリーンに流れる。その後、直筆をコピーした膨大な被爆証言資料の前に半日程腰を据え、読める限り読む。字に姿。乱れ、理解を拒む叫び。一筆の紙背に一人の生きた月日。言葉と言葉の間に宿る呼吸。反戦、反核の祈りに、また会いに来る。
【天】
アフリカを頭蓋と思う冬銀河和歌山 よしぴこ
こう読めば、西アフリカが後頭部に見えてくる。人類の祖先ホモ・サピエンスもアフリカが起源。遺伝子の奥底の記憶たる「頭蓋」もアフリカにある。冬銀河を眺めるのは現代日本。時空の跳躍がダイナミック。
【地】
獣骨のひたいに♂うららけし東京 桜鯛みわ
展示前の骨格標本。雄を表す「♂」はタグの記入か。無造作な分類を詠んだ俳諧味がよい。春の日の輝きが、骨の滑らかな凹凸を細部まで際立たせる。
【人】
顎骨や海鼠が海にかへる音北海道 北野きのこ
これも骨の句。ナマコ噛むには顎がいる。薄い刺身にも弾力がある。こりこりと気長に噛めば塩味と微かな苦味、腸に宿る複雑な旨味がじんわり溢れる。
【入選】
春の昼ウツボカヅラの尻を撫づ三重 多々良海月
陽炎の隣に咲いてゐるからだ東京 池田宏陸
電線の夥しき町風切鎌愛知 野村斉藤
爆走の橇や自愛が分かりさう大阪 未来羽
星冴ゆるのは封筒を閉じるとき京都大 水野不葎
寄鍋や我ら間氷期に生まれ神戸大 石崎智紀
探梅行別れを告げられぬままの東京農大 コンフィ
蟇穴を出づ原発の屋根丸し京都大 武田歩
冬天へ風のねじれる渡し船松山 広瀬康
水葬へ幽かな汽笛寒鴉大阪 ゲンジ
修司忌の下北沢の路地を抜け埼玉 伊藤映雪
悪魔にも名付け親在り冬の霧青森 夏野あゆね
春の雪廃墟のメリーゴーランド愛知県立大 柊琴乃
半球睡眠しているらしき春の海東京女子大 光峯霏々
注連縄に氷柱に成りそこなつた水愛媛大 悠生
床はヴィオラ軒は垂氷を支えけり東温 高尾里甫
螺旋階段ぽろぽろ落つる春の夢香川 細川鮪目
合格の印字どつしり蓬餅松山 川又夕
冬ぬくし偽薬貼り付くのどちんこ京都 佐野瑞季
不幸だと言えば気が済むのかミモザ長野 里山子
【嵐を呼ぶ一句】
虹はいま何色キング牧師の日米国 爪太郎
キング牧師記念日は、人種の平等と非暴力のメッセージを称える米国の祝日。今年は大統領就任式と同じ1月20日だった。この日、トランプ氏が大統領令によってLGBTQ+施策を撤回した。虹はいま何色か。