公開日:2025.02.22
[2024年 青嵐俳談大賞]森川大和選・神野紗希選
愛媛新聞文化面の若者向け俳句投稿欄「青嵐俳談」に2024年に掲載された作品から優れた句をたたえる第7回「青嵐俳談大賞」の受賞作17点が決まった。最高賞の「青嵐大賞」には、静岡の東田早宵さん(森川大和選)と愛媛大の岡田快維さん(神野紗希選)が輝いた。受賞句と両選者の選評を紹介する。
【青嵐大賞(森川大和選)】
海に連綿シーラカンスの呼ぶ雪は静岡 東田早宵
【青嵐大賞(神野紗希選)】
信仰と侵攻の距離みづ温む愛媛大 岡田快維
【優秀賞(森川大和選)】
白鳥のこゑや夜空は未現像茨城 眩む凡
冬帝の書庫の一つとして樹海松山 若狭昭宏
【優秀賞(神野紗希選)】
完徹や羽生えかけているみみず秋田 吉行直人
桟橋が欲しい十一月の鬱大阪 未来羽
【春嵐賞】
双六の同性婚という権利埼玉 伊藤映雪
【入賞(森川大和選)】
痛みとは密室に置く香水瓶和歌山 よしぴこ
タオル投げ入れ夏草を踏んでゐる東工大 長田志貫
寒禽や五言絶句の野を行けり神奈川 高田祥聖
巡りゆく「朝のリレー」と霜の白四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆
you must liveうろこ雲てふ無数東温 高尾里甫
【入賞(神野紗希選)】
千年生きた人から冬の川になる東京 池田宏陸
バナナオレの濁つてをるは雪の如し洛南高 河本高秀
船で暇落花生アイスを分ける大分大院 鶴田侑己
芋とグラブジャムン甘い句が詠めないノートルダム清心女子大 羽藤れいな
人類は皆夭折や冬銀河松山 近藤幽慶
※肩書などは作品発表時のものです
選評
森川大和
眼前の一句が開闢(かいびゃく)する世界を、印象鮮明に味わえる読後とは、ブランコが天の青さに迫る僅かの間に似ている。受賞句は、その一刹那に、時空を立ち上げ、虚構へ繫ぎ、素材の陰影に迫り、さらに別の何物かにも見せる。
大賞の東田早宵さんは、幻想的な世界観が真骨頂。〈詩はやがて君を訪ねる流れ星〉の爽やかさ。大賞句には深海と雪空の人智を超えた呼応に詩性。一方で、〈レース編むあなたに他意のない正義〉は善と独善を煮詰めゆく。〈ミルクパンに甘酒国生みの神話〉は聖と俗を一吞みにする。
優秀賞の眩む凡さんは、表現の奥行きが瑞々しい。〈水筒に銀の暗がり菜種梅雨〉の冷え、〈天の川またねの手話に音微か〉の内なる熱。受賞句は宇宙の星々が放った光の旅を蓄える。こゑがその満天を揺らす。
若狭昭宏さんは、青春性が厳かな詩情に熟しつつある。〈溜め息の全部が石鹸玉になる〉や〈少年の胸に湖あり初明り〉の自画像が、凛然とした天為に触れる受賞句の把握へ奏功した。
春嵐賞の伊藤映雪さんは「同性婚」や〈アカウント消して四月の顔となる〉の明暗など、トレンドを掴む現代詠に強み。〈デジタルデトックスてか今日満月じゃん〉の口語破調も新鮮。
入賞のよしぴこさんは、胸の「痛み」を熟果の如くかくも艶美に芳醇に描く。今年の跳躍に期待。長田志貫さんは虚実のスイッチが鮮やか。句の内へ引き込む求心力に磨きがかかる。高田祥聖さんには次なる句境を見る。漢詩の水墨画に冬鳥の彩。切れ字二つの成功例。坂本梨帆さんは「嵐」からの入賞。故谷川俊太郎氏の詩に自身の地平を繫ぐ無垢の一作。高尾里甫さんはガザで亡くなった詩人の言葉を引き、我々に生き抜く覚悟を問う。重層する「うろこ雲」の隠喩とは。
神野紗希
時代の混沌に身を浸し、想像の言葉で新たな認識を拓く、強靭な芯の通った作が多くあった。現代を総体的に把握するのに、機知の力が効果的に働いている。
大賞作は、戦火の絶えない世界情勢を見つめ、本質を射抜いた。同音異義語に信仰と侵攻があるという発見が、宗教戦争の根深さを炙り出す。季語「水温む」の平和が祈りとも皮肉ともとれて切ない。快維さんは〈銃声いつもこゑよりおほきくて真夏〉〈この薔薇も都市計画のそのひとつ〉など、時代を巨視的に見晴るかしつつ、その裡に生きる者の呼吸を忘れぬ誠実を持つ。
優秀作1作目、完全徹夜で朦朧とした意識の見せる幻。みみずに羽が生えるという奇想が現実を飄々と超えて快い。〈遺伝的浮動ふうせんみんな青〉〈出目金のまえで絵日記捏造す〉、異質な語彙や発想をさらりと受け入れる素っ頓狂な諧謔が、直人さんの揺るぎない作家性だ。優秀作2作目、桟橋というモチーフを象徴として捧げ、生きづらさを形象化した。桟橋の先の水の冥(くら)さが、鬱の深みを体に響かせる。〈煩悩は本能除夜の道を駆く〉〈コンビニの袋も息も白くて鬱〉、未来羽さんは生の爆発も鬱屈も、イメージに昇華する力をもつ。
入賞。宏陸さんは冒険者。言葉の自由を携え世界を拡張する。俳句自身がまだ知らない俳句の可能性を見出せる人だ。高秀さんは飄々と端正。バナナオレの俗を「濁り」を介して雪に繫げ、新たな美を創出した。侑己さんは普段使いの言葉で軽やかな現在性を記す。落花生アイス、些事ゆえのリアルの尊さ。れいなさんは「私」の芯を熱く滾らせる作家。甘さとは程遠い激情を迸(ほとばし)らせて。幽慶さん、言葉の骨格の良さに主題が伴い、一句の質量が増した。
なぜ俳句を書くか。その答えを体現する各々の作品であることが頼もしい。
【合評会のご案内】
3月16日午後2時から、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社で受賞作の合評会を開催します。オンラインでの参加もできます。選者の森川大和さんと神野紗希さんを中心に、作者や投稿者、一般読者などが語り合う会です。
参加希望者は氏名(俳号)、電話番号、参加方法(来場かオンライン)を明記し、メールでお申し込みください。会場の定員は先着20人です。問い合わせ、申し込みは青嵐俳談係=メール bunka@ehime-np.co.jp